第6回 東陽片岡さん

刊行されている漫画作品には、もちろん熱狂的な読者が多いが、人柄が滲み出過ぎたコラムなど文章にも、クセになる人が続出。
進路の見えないままに何とか卒業
 さて大学の卒業が近づき、真剣に進路を考えなくてはいけないはずですが、卒業できるかどうかに汲々としていて、その先のこと等考える余裕のない状態でした。今なお週に一度は、単位が取れないでもがく当時の夢を見る程ですから、よっぽど追い込まれていたんですね。
ちなみに美大には教職を取り美術の先生に、という道を選ぶ人もいましたが、私はその発想は全くありませんでした。おそらく中学生の時に目に焼き付いた教師の姿が原因です(笑)。
この頃漫画に関しては、大学の漫画研究会で先輩たちが作成した同人誌が楽しみでした。ここは私も没頭した『ガロ』に影響を受けた先輩達が多く、他の大学の漫研とは色合いが違ったように思います。また当時、先輩である根本敬さんが『ガロ』でデビューしたのにはびっくりしましたね。それでも自分はあくまでその同人誌の一読者で、参加することはありませんでした。
何とか卒業はできたものの、就職活動もしておらず進む道がない私は、友人のつてでテレビCMの美術制作のアルバイトに潜り込みます。オートバイ通勤ができ朝もそれほど早くない仕事、ということが選択の決めてでした。当時は実家を離れ相模原で一人暮らしでしたが、月に2日しか休めず、しかも時給600円ながら、多い時には月収20万を超えるほど労働時間も相当な、実に過酷な労働環境でしたが必死に働きました。ある日には眠気でもうろうとした状態で発泡スチロールをカッターで裁断していると、うっかりうたた寝して爪の間にカッターがズブリと刺さって……とか、あまりの疲れからかテーブルの木目の隙間から小人が顔を出す幻覚を見たりと、なかなかハードな経験をしたものです。振り返ればそういう経験もよかったかもしれない、と今ですら思いづらいほどの過酷さでしたね。寝る時間も少なく、風呂なしのアパート住まいでしたが銭湯に行く時間すらなく、気がつけばひと月風呂に入っていないなんていう日々でした。


流れ流れて編集プロダクションへ
 結局、このままでは命が危ないと感じ1年経たずに辞め、アルバイト情報誌で見つけた次の仕事へ移りますが、これも過酷でひと月もたず断念。しかし幸運にも友人に誘われ、出版関係の編集プロダクションに出入りするようになります。オートバイ雑誌の誌面割付や写植の指定、原稿のリライト等の編集作業です。デザイン科ゆえに割付に関してはひと通りこなせましたので、重宝してもらいました。結局そのプロダクションは1年半で解散するのですが、そこからはフリーの編集下請けとして活動します。時代はバブルに突入し、さまざまな雑誌が創刊された時期でした。どこもデザイナーに事欠いていたようで、業界のネットワークで何とか食べていける程度には声をかけていただけました。仕事の依頼も広がっていき、時には企業の広告作成や、また媒体によっては編集作業の他に誌面記事のモデルといった仕事でも声がかかり、これは実入りがよく嬉しかったのを覚えています。1990年代に突入するこの頃は、出版に限らず様々な業界で新しい息吹を感じ、活気があって毎日が楽しかったですね。


苦痛な作業からの逃避を模索
 しかし、6〜7年が経ち30代になると、編集仕事にだんだんマンネリ化を感じるようになりました。もともと工業デザインに興味があり、車やオートバイの滑らかな曲線美に魅力を感じる私には割付の基本である定規を使って直線を引く、という作業が苦痛でならなかったのです。
 その頃でも漫画に関しては本格的に描こうとは考えておらず、せいぜい読者ページの空きスペースを埋めるために4コマ漫画を描いたくらいでした。しかし、苦痛な仕事からの逃避として、イラスト作成に没頭することとなり、絵の具を塗りたくってシュールな絵を描いていたのですが、その際大学時代に感じた色彩センスのなさを改めて痛感します。結局消去法で「カラーが駄目なら白黒で勝負しよう」と思い立ち、ずっと好きだった『ガロ』の世界を彷彿とさせる黒々とした作風に挑みました。それでも作品をいくつかの出版社に持ち込んだところで、変わらず反応は芳しくありません。
 割付の仕事は脱したいものの、色彩センスはなし、イラストにも注文がない……となれば仕方ない、漫画でも描くか、というここでも極めて消極的な思考から、ついに漫画に取り組むこととなります。ただ唯一のモチベーションとして、編集作業の合間に自分で作った漫画ミニコミ誌を、ある友だちが「面白い」と褒めてくれたことがあったのが背中を押してくれました。


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