第6回 東陽片岡さん

畳の目、そのひとつひとつに至るまでペンを走らせるその作風にいつしか人は彼を「昭和の畳絵職人」と呼ぶとか呼ばないとか。

憧れの『ガロ』へ持ち込み!
 そうして仕上げた作品は、やはり『ガロ』の影響を多大に受けたナンセンス漫画でしたので、持ち込みは発行元である青林堂だと訪れたところ、幸運なことに創業者で『ガロ』を手がける名編集者・長井勝一さんの目に留まり、入選の報をいただきました。この時が35歳、漫画家としてのデビューです。ちなみに「東陽片岡」というペンネームは、20代の頃見た夢に出てきた人物が名刺に刷っていた名前を拝借したものです。夢のお告げですかね。
『ガロ』は業界注目度も高い雑誌だったので、いくつかの出版社から「ウチでも」とお呼びがかかり、また小説誌の挿絵なども声をかけていただくようになりました。直木賞を受賞する前の、小説家の花村萬月さんからご指名を受けてさまざまな小説誌で挿絵を手がけられたのは嬉しかったですね。そのうち漫画や挿絵で得る収入が、減り続けていった編集作業で得る収入を追い越してゆき、漫画家デビューから2年が過ぎた37歳の頃には編集業務から離れ、漫画のみで勝負するようになりました。
 それ以来、もちろん波こそありますが、基本はコツコツと仕事を続けることで、一定の貯金を減らさないように心がけています。この堅実な考え方をするに至ったのは、ある時に経験した手痛い失敗からでした。
 実は1年間だけ、収入が激増した年があったんんです。これもやはり花村萬月さんの紹介をいただき、花村さんの連載する日刊紙の、新聞小説の挿絵を1年間担当させていただいた年でした。毎日が締切で往生しましたが、終わってみればこの年は、驚くことに1000万円近い収入になっていたのです。大いに浮かれすっかり感覚の麻痺した私に、当然ながら翌年の税金がドカンと重くのしかかります。もうあの時の金などあるはずもなく、結局4度の差し押さえという散々な結果に。とりわけ最後の差し押さえでは通帳に51円しかなくなり、さすがに頭にきて役所に強く訴えたところ、餓死されたら困るという判断がなされたのでしょうか、10万円だけ返還されました。
 しかしこのインタビュー記事も多くの方が登場されていますが、差し押さえ経験のある方はそうはいないだろうと断言できますね。全く自慢にはなりませんが(笑)。




緻密に描き込まれた作品の数々に共通するテーマは、働くこと、生きることに必死な人々にエールを送る壮大な人間讃歌である。

厳しい時代に負けず生きる術
 出版業界が良かった頃はまだしも、業界が冷え込み厳しくなった今、漫画だけで生計を立てていくのは厳しく、周りも皆苦労しています。私も関わっていた雑誌が、軒並み廃刊や休刊の憂き目にあったりと、御多分に洩れず決して楽ではない毎日ではあります。
 しかし私の中では、漫画に対する思いや漫画を描く気力は全く衰えていません。これからも描きたいものに貪欲であり続けたいと思います。また不思議なもので、生活が苦しくなりいよいよ進退窮まるかと追いつめられた時には、人との繋がりで思わぬ活路が見出せるものです。こうしてインタビューの機会をいただき振り返ってみても、大学を出て体験したアルバイトから、編集プロダクション時代、そして漫画へと活路を求め漫画家となった今もなお、周りの友人や仕事相手に幾度も救いの手を差し伸べられていたんだと改めて気づきます。これまで出会った皆様には感謝の気持ちで一杯ですね。
 最近は身の程を越えた贅沢はできないものの、たまにスナックや居酒屋に通うのが楽しみです。これは漫画のネタを拾うためなどという思いは少しもありませんが、いざ漫画を描こうとすると、そういった場所で無意識に見聞きした行動や言動が、私のどこかに蓄積されていることに気づきます。もっと遡れば、辛かったアルバイト先で出会った人達の生き様やその姿は、私が描く漫画のキャラクターの性格や造形に色濃く投影されていると感じています。
 これからも、普段はスポットライトが当たるような人生ではない市井の人々に焦点を当てて、その悲哀とユーモアに満ちた人間模様や、日々の生活の喜びや哀しみを私なりに描き、大学の時の友だちが褒めてくれたように、たった一人であっても「面白い」と言ってもらえるような作品を生み出していきたいと考えています。


子どもたちへのメッセージ
 今の中学生、高校生に直接触れ合う機会はありませんが、話を聞くところによれば、最近の子ども達はずいぶんと周りに気を遣い、衝突を極力避けることに気を配りすぎているようですね。学生の頃なんていうのは、あまり周りなど気にせずに、もっと自分の好きなことに対して我がままなくらい突き詰めていいんではないでしょうか。
 私はよく「協調性に欠ける」などと通信簿に書かれていたものですが、当時から何てことはないと開き直っていました。あまりマイナスの面に目を向けるのでなく、プラスの面、好きな面をとことん追求する方が人生は楽しいですから、学生の皆さんにはもっと自分を主張してほしいですね。 (構成・写真/井田貴行)



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