第8回 マタギ 小松 茂さん

ひと冬に鹿は10頭ほどしとめたな
わしは“ひとり猟師”でやった
 畑は1町歩ぐらい。馬坂沢の近くにある松崎に5反、家の近くに5反あって、そばや稗、大麦や小麦のほか大豆などもつくったな。ジャガイモや大根は冬の間は庭の穴にいけておき、唐辛子は塩漬けにして保存した。栃の実でつくったトチモチは、秋から冬にかけての村の主食だった。栃の実を袋に入れて温泉に漬け、皮を剥きやすくして、沢水の流れに一晩さらす。それを鍋に入れてコトコトと炊いてアクを抜き、さらにその実を杵(きね)でついて、せいろで蒸してから、そば粉と合わせるとモチになった。黄な粉をつけたり、ジュウネと呼ばれる荏胡麻(えごま)味噌をつけて食べたが、けっこう美味しかったよ。
 仕事でいちばん金になるのが、鉄砲だね。ふつう狩りをやるときは何人かで組むが、わしはひとりでやった。マタギの集団行動?よくわかんねえが、ひとりじゃねえと儲けになんねえ。みんなとやれば分け前が少なくなるからだ。
 「バンドリ」といって、狩人が晩にぶつからそう呼んだのだろう、夜行性のムササビやモモンガ、それにテンなどの毛皮は金になったな。村は世間から隔絶されていたが、毛皮の仲買は日光市内の業者が取り仕切っていて、加工した毛皮が浅草などで売られていた。当時、バンドリの皮1枚で米が1俵買えたよ。川俣の場合、米俵を人と馬の背で運ぶために、米1俵は2斗5升で、6円したな。かけそばが6銭、東京の企業に勤める大卒の初任給が10円だったそうだから、6円というのは、まあ、破格の値段だったわな。多いときには17、8匹のバンドリをぶったな。バンドリは夜たいてい木の上で団子のようになって木の芽を食べているよ。月夜の晩は見えにくいから、曇った日、わしはそれを狙うんだ。昭和30年ごろからは、性能がいい懐中電灯を照らして狙う若い連中もいたが、わしは使わなかったよ。そういえば、猿もぶったな。猿と鹿の脳味噌はチーズみたいな味がするご馳走だったよ。頭は陰干しにして保存しておくと、東京のクスリ屋が買いに来た。冷え性や婦人病の特効薬になるらしい。


いちばんの大物は270キロあったな
 わしは大物ぶちも一人でやった。鹿とか熊をぶったときは気分が最高だよ。そうさなあ、ふつうひと冬に鹿は10頭、熊が5頭、クラシシといって、今はとることができない天然記念物のカモシカを12~15頭ぐらいぶったな。でも川俣では少ないほうだったよ。一人だから仕方ないかもしれないがね。
 山へ入るときは襦袢といって、いまでいうハンテンをよこざきにしたようなもんを着ていた。男も女も3尺(約1メートル)の兵児帯を締め、袴はもんぺとは違って、ほっそりとしたマンボスタイルのようなもんだった。爺さんの話では、昔は絹や木綿も手に入らなかったから、ケヤキやシナノキの皮の表面をとって、中の繊維を細かく加工して襦袢や袴をつくった。冬はこれに鹿やクラシシの足の皮で縫った鹿足袋をはき、すねにはシバ草でつくったハバキというものをみんなあてていたな。帽子はサワグルミの皮でつくったものをかむり、背にはイチコという背負い籠に七つ道具を入れてね。食料はそば粉だけよ。そば粉1升あれば1週間といって、岩清水でそば粉を溶いてすすったり、火を起して湯を沸かし、そばガキをつくって食べれば1週間は生きのびられたもんよ。その他にわしは唐辛子の塩漬けももって山に入った。唐辛子の赤いトサカの1本分がもつビタミンCの量はレモン10個分にも相当するんだ。これをかじっていれば、体は温まるし、元気が出てくるんだ。
 いちばんの大物、そうねえ、わしがぶった熊のいちばんの大物は270キロはあった。この辺でいちばんとれるところは黒沢あたりだ。日光祭りのころ、遠くに熊の姿を見つけたので追っかけていって、奴が茂みから出てきたところをしとめた。こいつはでかかったよ。ふつう、熊が冬眠している穴を見つけると、生木でいぶし出すんだ。熊がまだねぼけているところをぶつんだ。頭の後ろを狙うのよ。わしはいつも一人ぶちだったから、熊でも鹿でも大きな獲物はそのまま山において、いったん村に戻り、家族や仲間3~4人を連れていき、山で獲物を解体して運ぶのだよ。冬山のことだから、2~3日は平気だし、他の肉食動物も恐ろしい熊は死がいでもよりつかないんだよ。今の連中はライフル銃を使うが、わしはずっと村田銃だった。初めは32口径の銃を使っていたが、後で28口径に変えたのよ。32口径だと遠くの獲物まで狙えるが、一発でしとめるとなると、28口径がいちばんだからね。

 村田銃は幕末から明治の初めに活躍した薩摩藩士・村田経芳が発明した村田式単発銃で、フランスのグラー銃とオランダのポーモン銃を模範として、明治13年に完成した洋式銃の国産第1号であった。銃の口径は1ポンド(約445グラム)の鉛の弾の大きさを1番として、28口径だとその28分の1の大きさの弾がうてる銃口の意味で、口径の数が増えるほど銃口は小さくなるが、銃身を長くすれば、長距離でも命中率がよくなる。


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