第8回 マタギ 小松 茂さん

金より高いといわれる熊の胃はマタギの常備薬だ(川俣の狩人のいろり小屋「よっちゃんの店」にて)
熊は冬眠中にオスとメスの子を産む
 そうさなあ、熊は冬眠時期にかぎって海抜1500メートルぐらいの高山、根名草山とか鬼怒沼山あたりに多くいるんだ。オスの熊はだいたい岩穴に、メスの熊は直径1メートルぐらいの空洞があるシナノキかアスナロ、クロベ(ネズコ)、ツガなどの株元の奥深いところで冬眠する。冬眠中の栄養源は蜂蜜のブドウ糖とその頃に熟す山イチゴなどでビタミンCをとるんだ。
 熊は蜂の巣を見つけると、それをぶちこわして蜂蜜を手のひらに塗り、山イチゴはつぶして手のひらに塗った蜂蜜と混ぜ合わせる。それを太陽にかざして乾燥させ、貯えるんだ。動物の本能だろうが、熊は頭がいいんだね。
 岩穴に入るときは、穴の前のシャクナゲなどの木を全部折って冬眠にかかる。自分の領分を示すためなのか、だからわしはすぐ冬眠の場所が分かる。また、必ず木の北側(アデという)をかじることもするねえ。
 冬眠に入るときは体内の糞尿をすべて排泄してしまう。これは体温を下げて、栄養をとらなくてもいいように仮死状態になる、冬眠するための智恵だよ。メスの熊は冬ごもり中に子どもを生むが無痛分娩といわれている。しかも、必ずオスとメスの子2頭を生み分ける。なぜ?だか分からないが、不思議だね。冬眠中の熊は夏に貯蔵した手のひらのブドウ糖をときどきなめながら冬を過ごすわけだが、冬眠中にぶった熊を解体してみると、胃の中には手のひらの毛が数本あるだけで、それはきれいなもんだったよ。

血まみれになりながらも、鉈で熊を退治
 わしの生涯の思い出を話そうか。あれは昭和30年、わしが42歳のときの秋、ちょうど村の小学校の運動会の日のことだった。マイタケをとりに山に入って、窪谷を渡ろうとしたら、熊笹の中に熊がひそんでいたんだね。あれには驚いたが、ひるんで引いたら、やられていたよ。100キロを超えるツキノワグマで、立てば人ぐれいの大きさになった。熊は肘が曲がらないので、とっさに懐に飛び込んだ。ちょうど相撲をとるような形になったが、組み付いたとき背中を爪でかき切られたよ。鋭い痛みを感じたが、無我夢中で奴の口の奥まで手を突っ込むと、むこうがひるんで少しさがった。中途半端に手を突っ込んだら噛まれるから、喉の奥まで一気に入れ込んだのよ。で、奴のみぞおちに20発ぐらい拳骨をかまして、持っていた鉈を口ん中にぶち込んだら、奴がひっくり返ってしまったよ。こっちも背中の襦袢がずたずたに切れて、頭もほうぼうかじられていて、血まみれで村に帰ってきたら大騒ぎになったねえ。いまでもガァーと開いた真っ赤な口と、すごい息づかいが忘れられないよ。
 でも、わしらはどんなに難儀しても、おっかね思いをしても、山に行かねば暮らしていけなかった。そして、生きていくために、いろんなことを山から教えてもらったよ。獣からも、川の魚からも、草や木からも、風だの雲からもね。だから、山はいつまでも素直じゃないとだめなんだよ。


(構成・写真/福村晃司)
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