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堂場瞬一『ヒート』刊行を記念して異色の初対談が実現! 堂場瞬一 × 向井万起男

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堂場瞬一氏のメジャーリーグを舞台にした作品『ミス・ジャッジ』の文庫版解説を、大のメジャーファンである向井万起男氏が執筆した縁で、おふたりの初対談が実現しました。話題は、このたび刊行された堂場氏の書き下ろし単行本『ヒート』から、スポーツファン同士ならではの話に展開し……。 構成/ 友清 哲  撮影/ 泉山美代子
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堂場瞬一(どうば しゅんいち) 1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年、『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。『キング』『焔 The Flame』『ミス・ジャッジ』『大延長』『チーム』『ラストダンス』『水を打つ』といったスポーツ小説や、「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」「警視庁追跡捜査係」「アナザーフェイス」などの警察小説シリーズのほか、意欲的に多数の長編を発表している。近著に『異境』『八月からの手紙』『共鳴』などがある。
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向井万起男(むかい まきお) 1947年生まれ。東京都出身。慶應義塾普通部より慶應義塾大学医学部に進学、同大学卒業。腫瘍病理に関する論文を多数発表。慶應義塾大学医学部准教授(慶應義塾大学病院病理診断部長)。1986年、後に日本初の女性宇宙飛行士となる慶應義塾大学の同僚で心臓外科医の内藤千秋と結婚。ふたりの出会いから、千秋の宇宙への出発などをつづったエッセイ『君についていこう』(上・下)がベストセラーに。『謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るinUSA』で第25回講談社エッセイ賞受賞。
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『ミス・ジャッジ』を手に、ディープな大リーグ話で盛り上がる両氏

ペースメーカーが主役の新感覚マラソンノベル

向井: 『ヒート』、とても良かったですよ! マラソンを題材にしながら、選手ではなくペースメーカーを主人公に据えているのがまたいいじゃないですか。

堂場: ありがとうございます。ペースメーカーは、かれこれ2年以上前から温めていたテーマなんです。

向井: その、主人公のひとり、ペースメーカーの甲本が走る「東海道マラソン」のコースも、非常にリアルで臨場感がありました。これはどのような取材をされたのですか?

堂場: 実際に自分でコースを走ったわけではありませんが、現地は完全踏破しました。世界記録を狙う大会という設定なので、関東地方で高低差の少ないフラットなコースはどこだろうと探してみると、第一京浜から東海道にかけてのルートがうってつけなんです。このあたりは箱根駅伝でも一番スピードに乗る区間ですしね。

向井: なるほど。記録と言えば、作品内でも何度か触れられているベルリンマラソンで先日(毎年9月開催)、また世界新記録が出ましたよね。

堂場: 出ちゃいましたね(笑)。今年あたり「もしや……」という予感もあったので、作品の中ではあえて世界記録を数字で載せず、ぼかしているんです。世界有数の高速コースですから、皆、記録を狙ってエントリーしてくるんですよね。

向井: それから今回の『ヒート』の何がいいって、主人公がペースメーカーという設定の他にもうひとつ、狂言回しの役割を担う音無が公務員であることですよ。複数の人間がそれぞれの思惑に従って大きなレースを作っていく様子は、なかなか興味深かったです。

堂場: 現実にはもっと大勢の人間が絡んでいるのですが、物語の中ではある程度絞り込んで、一人の公務員が苦労を重ねて“世界記録を狙う”大会を作るプロセスを描きたかったんです。

向井: そして、ラストシーンも印象的でした。この結末、読者からどんな反響が起こるのか、今から楽しみだなあ。

堂場: 最終的にどのような結末に持っていくべきか、かなり悩みました。まあ、どういう展開にしても、賛否あるだろうなと覚悟はしているのですが。

向井: いやあ、これがベストじゃないですか? 読み終えた瞬間、僕は“やるじゃん!”と思いましたもの。

堂場: 最初の読者である向井さんにそう言ってもらえると、ホッとしますよ。自分の中で具体的に映像が浮かんだラストシーンなので、受け取り方はもう、読者に委ねるしかありません。

男子マラソン不振の陰で指摘される箱根駅伝の影響

向井: 私もマラソンは好きで長年チェックしているんですけど、瀬古(利彦)や中山(竹通)の時代には、ペースメーカーという存在はあまり知られていませんでしたよね。

堂場: そうですね、現在のように表に出る存在ではなかったです。実況で紹介されるようになったのも、わりと最近でしょう。でも、個人的にペースメーカーにはずっと注目していて、これをどういう形で物語に取り込もうかと、頭の中で転がし続けていたんです。

向井: それにしても、最近の男子マラソンは奮わないですねえ。箱根駅伝の影響じゃないか、という声もありますが。

堂場: 箱根駅伝で一作(『チーム』)書いておいて言うのもなんですが、それはやっぱりあると思います。駅伝に焦点を合わせて調整することで、マラソン転向後に結果が出せなくなってしまう、という。今回の『ヒート』では、そのあたりの事情を少し世間に知ってもらいたかった気持ちもあります。本来、マラソンは日本のお家芸だったはずですから。

向井: 瀬古なんてとくに、モスクワ・オリンピック(※日本はボイコット)に出ていれば金メダルも夢じゃなかったのに……。最近は“これ!”という主役がいないから、次のロンドン・オリンピックにどんな選手が出場しそうなのかも、パッと思い当たらないですもの。まあ、それは女子マラソンも同様かもしれないけど。

堂場: 『ヒート』の中で、批判を覚悟で“マラソンは過保護になり過ぎた”と書きましたが、競技がビジネス化することで、選手以外の様々な人間が絡んでくることに、僕は違和感を持っているんです。これはプロという形態がなかなか成立しない、日本ならではの事情も大きいのかもしれませんが。

向井: それは言えますね。もっとも、企業が選手を抱えることで得られる宣伝効果もあるでしょうね。マラソンにかぎらず、有力選手が所属しているから社名を知っている企業というのは、僕自身、決して少なくないですから。

堂場: そうですね、社会人スポーツそのものを否定するつもりはないです。この日本独自の手法で発展してきた競技もたくさんあるわけですから。

堂場作品に潜むディープなメジャー情報

向井: 堂場さんの作品で驚かされたのは、デビュー作の『8年』の中で、さらっとスティーブ・カールトンの名前が出てきたことです。僕のようなメジャーファンにとっては英雄的な選手ですが、この名前を知っている読者は日本ではもうかぎられているでしょう。僕は思わずニヤリとしちゃったんだけど(笑)。

堂場: そうでしょうね。まして、“インタビューに応じなくていいのは、スティーブ・カールトンくらいだ”というセリフの意味まで理解してもらえるのは、もはや向井さんくらいかも(笑)。カールトンが大のマスコミ嫌いだったエピソードなんて、日本ではほとんど知られていませんから。

向井: そういう、多少理解が及ばない部分があっても最後まで読まされちゃうのは、堂場作品の魅力のなせる技でしょうね。そもそもマラソンだって、僕は実際に走ったことはありませんし。堂場さんは、スポーツは全般的にお好きなんですか?

堂場: そうですね。といっても、純粋にファン目線ですが。

向井: 野球やマラソン以外では、どんな競技に興味をお持ちですか?

堂場: これまで題材にしてきた競技で言えば、『水を打つ』という作品では競泳を取り上げました。ただ、メドレーなので、ほんの四分ほどでレースが終わってしまうんです。これを上下巻のボリュームで書くのは、ちょっと無謀だったかもしれません(笑)。

かくあるべき!? 孤高の天才の姿――

向井: 今回活躍する山城選手は、先に『チーム』で登場していますね。

堂場: 一応、続編的な位置付けで、山城の数年後を『ヒート』で描いた形です。

向井: それにしても、この山城というキャラクターはとんがっていますよね。まあ、一流のアスリートというのは現実でもこういうものなのでしょうけど。

堂場: 好き嫌いがハッキリと分かれるタイプのキャラですね。

向井: 実際、“天才”と呼ばれる選手というのは、このくらい突き抜けていないと、高みには到達できない気がするなあ。常人と同じ日常を送り、常人と同じ感覚を持っているような選手は、世界のトップには届かないのでは?

堂場: 『ヒート』で描きたかったことのひとつは、まさにその部分でした。これはもう想像するしかない領域ですが、天才アスリートというのは常人ではついていけない感覚の持ち主であってほしいんですよね。

向井: わかります、わかります。

堂場: 今回で言えば山城がその象徴的なキャラなわけです。そもそもスポーツ小説は、普通にやると選手の成長を描いた青春物語になってしまいがちなので、僕はトップレベルにいる選手や、逆にもう落ち目の選手などをモチーフにすることがわりと多いんですよ。

豊かな想像力に裏打ちされる堂場作品のリアリティ

向井: それにしても、スポーツ小説というのは、その競技について相当熟知していなければ書けないジャンルですよね。『チーム』や『ヒート』では、実際にアスリートにインタビューなども?

堂場: いえ、ほぼしていません。選手に話を聞いてしまうと、キャラのイメージがどうしてもその人物に引っ張られてしまうので。同じ理由で、モデルを想定することもまずないですね。

向井: へえ! それは驚きました。では、レースシーンの描写にしても、すべて自力で調べて書かれているんですか?

堂場: そうですね。ただ、今回は物語の性質上、大会の運営サイドにいる方には取材をしていますが。

向井: うーん、それでこのリアリティは凄いなあ。

堂場: 想像に頼れるのは、フィクションの特権ですよね。それに、僕も相当なオタクですから、知識だけはそれなりに持っているつもりですし。

向井: そういう意味では、堂場さんはアメリカのジャーナリスト、デビット・ハルバースタムに匹敵しますよね。やはり本人には一切取材をせずにマイケル・ジョーダンのノンフィクションを書いて大評判になった人物。

堂場: それは言い過ぎですよ(笑)。

向井: 『8年』や『ミス・ジャッジ』などの大リーグ物に関しても、とくに取材はせずに?

堂場: たまたま『8年』を書く前年にニューヨークへ行く機会があり、球場をふたつ回っているので、具体的なイメージは持っていました。むしろ、実際に見ていなかったらああいう小説を書こうとは思わなかったでしょうね。

向井: 余談ですが、女房(向井千秋氏)が二度目に宇宙へ飛んだ時、上院議員のジョン・グレンと一緒だったんです。そのジョン・グレンの海兵隊時代の部下に、テッド・ウィリアムズがいるんですよ。

堂場: おお! 打撃の神様と呼ばれた、伝説的な選手ですね。

向井: で、これはちょっと自慢なんですけど、ジョン・グレンが七七歳で宇宙飛行を果たした祝賀会で、女房はテッド・ウィリアムズに握手してもらったらしいんです。……フフ、僕はその女房の手を握ってますから(笑)。

堂場: うわあ、それは本当にうらやましいな。――って、やはりスポーツの話題というのは尽きないですね。微力ながら、ますます盛り上げていきたいものです。

※本特集は月刊ジェイ・ノベル2011年12月号の掲載記事を転載したものです。