第13回 西口正さん
資料を読む福田さん。「こういった古文で書かれている資料を読めるのは,国文学専攻だったおかげですね。」
音楽活動とアルバイトに励む日々
 高校を卒業後,1 年間予備校通いの浪人生活を経て,東京都立大学(現首都大学東京)の人文学部国文学専攻に入学することができました。
 しかし,『桃尻娘』との衝撃的な出会いがあったにもかかわらず,大学では熱心に文学について学んだわけでも,創作活動に没頭したわけでもありません。「失われた 4 年間」といっていいかもしれません(笑)。もっとしっかりと勉強しておけばよかったと後悔することもあります。
 のちに社会人となってから,大学生に取材する機会が何度かあったのですが,今の学生さんのほうが目的意識を持ってよく勉強している気がします。当時,「大学時代は『モラトリアム(猶予期間≒社会に出るまでの息抜きの時間)』」などといった言い方もされていた時代で,必ずしも懸命に勉強している人ばかりではありませんでした。 当時のことといえば,音楽サークルでのライブ活動の思い出ばかりが浮かびますね。
 もちろん,国文学専攻だったので古典文学などは必要に迫られて読んでいましたから,現在の仕事に役立ってはいるのですが……。
 また,塾講師のアルバイトなどもしていました。苦労はしましたが,とても思い出深い仕事でした。
 私が教えていたのは,中学生対象の塾でした。はじめて教壇に立ったときには,浪人時代に通っていた予備校の講義をイメージして授業を行いました。予備校の講義はわかりやすく,受験で点数を取るためのポイントをきっちり教えてくれるとてもよい授業だったからです。
 ところが,そういったやり方を手本にして授業を行っても,そもそも生徒たちが話をなかなか聞いてくれないのですね。予備校の生徒は,みんな志望大学に合格するという目的があるので聞く姿勢がありますし,聞かない人は無視してしまってもいいのですが,その塾はいわゆる補習塾で,やる気のある子どもばかりが通ってくるわけではありません。まず話を聞かせることから始めなくてはならなかったのです。小・中・高と,塾に通ったことがなかった私は,そのときまでそのことに気づかなかったのです。最初の授業の 1 時間を終えたときはへとへとになりましたね。
 しかし,子どもたちはいい子ばかりでしたし,こちらが懸命に頑張っていたら徐々になついてくれました。子どもたちのなかに勉強のできる女の子がいて,「先生,これはどうなの?」とちょっと意地悪な質問をぶつけてくることもありました。はじめは少し生意気な態度を取られていましたが,ちゃんと質問に答えていたら,その子が誰よりも最初に私になついてくれましたね。
 その塾講師のアルバイトが楽しかったこともあり,大学では,免許は取らなかったものの,教職関係の授業なども受講しました。


バブル時代の就職活動
 大学時代,アルバイトや音楽活動ばかりしていた私にも,やがて就職活動をしなくてはならない時期がやってきます。当時から,文学部の学生には出版系の会社が比較的人気で,私も例にもれず,出版系を第一志望としました。
 また,塾講師のアルバイトをしていた経験から,教育関係の仕事もいいなと思っていたので,出版関係と教育関係の仕事にしぼって就職活動をはじめたのです。
 当時は「バブル」と呼ばれる景気のよい時代でしたから,学生は基本的に企業から引っ張りだこでした。企業のほうでも多くの学生を集めるために,説明会に有名人を呼んだり,筆記試験合格者全員を「二次試験会場」に集めては「全員合格!」といってその場で「内定パーティ」をはじめたり,といったところもありました。
 ところが,出版系の会社は当時から狭き門でした。出版社というと有名な会社が多いので大企業だと思われがちですが,実は多くが中小企業で,そもそも社員の数自体がおおむね少ないのです。募集定員もだいたい「若干名」でした。私も十何社かの試験を受けましたが,出版系の会社からはなかなか内定をもらえなかったですね。
 最終的に,私が入社したのは,従業員が 20 ~40 人くらいの小さな教育系出版社でした。そこの試験は学力試験,心理分析テスト,面接試験を何回も……と,かなり厳しいものでした。そこまでしっかりとした試験をしたうえで内定をいただいたということは,その分,自分のことをしっかりと見てくれているのかなと思い,その会社に就職することを決めたのです。


ビジネス系の資格取得と青天の霹靂(へきれき)
 就職した会社では主に,塾や家庭用の教材を制作,販売していました。私は,当初,営業の職に就き,全国にある販売代理店を毎月のように訪問する仕事をしていました。石川と福井を除く 45都道府県に出張で行きましたね。代理店の方たちは,わざわざ遠くまで来てくれた,といってよく歓迎してくれました。その他にも小学生向けの英語教材の開発などにも関わりました。
 営業で代理店の管理をしたり,商品開発に携わったりするなかで,徐々に経営やビジネスに関することに興味を持つようになりました。やがて本格的にビジネスについて勉強しようと思い,中小企業診断士という資格に挑戦することにしました。以前にその会社の社長が言っていた「うちの営業社員も中小企業診断士の資格でも取ったらいいのになあ」というつぶやきを覚えていたのです。
 中小企業診断士という資格はあまり知られていないかもしれませんが,一言でいえば経営コンサルタントの資格です。企業の経営者に経営上のことを助言するための資格ですから,試験は非常に難しいものです。普通は資格の学校に通って学ぶものですが,私は何年もかけて独学で勉強し,なんとか合格することができました。
 しかし,試験に合格して中小企業診断士の登録も目前に迫り,これで仕事に生かせるぞと思っていた矢先,会社から,同じグループの別会社に移籍するという話がもたらされました。入社して10 年ほど経った頃で,私はその会社に骨を埋めるくらいの気持ちでいましたから,そのときは驚きましたが,結果的に新しい会社へ移籍することとなりました。


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