第13回 西口正さん
苦しい借金生活
 借金は最大で数億円もありました。はじめは不動産を小出しに売却しながら返済していたのですが、だんだん売却できるものがなくなり、最終的には自宅も手放して借家に入りました。
 支払いが滞ってくると、まず銀行から連絡が来ます。銀行が見放すと今度は保証会社から何度も呼び出されるようになりました。
 そして最終的には会社にまで連絡がくるようになってしまいました。会社に迷惑をかけるわけにもいかず、27年勤めた会社を辞めざるを得なくなってしまいました。
 そうして追い詰められていくと、自殺や夜逃げや偽装離婚や海外逃亡といったことも本気で考えるようになりました。しかし結局どれを選んでも最後的には逃げにしかなりませんし、子どもや孫にまで禍根を遺すことになってしまいます。私は悩みましたが、何とか踏ん張ってどうにか借金を返そうと心に決めました。
 不動産などを売ったり、親戚じゅうに無理を言ってお金を借りたりして何とか減らしたものの、借金はまだ2億円ほど残ってしまっていました。これ以上無理だという段階になったところで、保証会社から「いいお話があるから来てください」と呼び出されました。
 「いい話といったってそちらにとってのいい話だろう」などと嫌な気分で行ってみると、損切りして切り捨てるから、200万円で手を打とうということでした。損切りというのはこれ以上損をしないために、ある程度の損は受け入れて打ち止めにするということです。あとから聞いてみると、どうやら当時はそういったことがしばしばあったそうです。私としてはギリギリのところまで追い込まれていたので、200万円でも相当難しかったのですが、何とか工面して返済することができました。


未経験から大人気の塾に
 それからは借金に悩まされることなく塾に専念できましたが、数年間は横ばいか少しマイナスという経営状態でした。私は生徒を集めるために、いろいろな努力や工夫をしました。
 例えば、塾では英数国理社を教えるわけですが、5教科すべてを教えられますよと宣伝しても生徒は集まりません。「何でもできる」というのは逆に言えば「何にもできない」ということと同じことなんです。
 私の塾では「数学が得意になりますよ」と間口を絞りました。通常、塾では英語と数学のニーズが多いのですが、英語は英会話塾などがある一方、数学だけを教える塾はあまりありません。私の塾では数学以外も教えていますが、数学に絞って宣伝したところ、生徒さんが集まるようになりました。
 また、未経験で塾を始めたため、教務のノウハウをつちかうことにも努めました。塾で教えていると理解の早い子、普通の子、理解が遅い子がいるのがわかります。理解の早い子は少しヒントを与えてやると自分で気づいてすいすい問題を解きますし、普通の子は普通に教えればできるようになるのですが、理解の遅い子は普通に指導してもなかなかわかってもらえません。
 逆に言えば、理解の遅い子にうまく指導できれば、いい指導法が見つかるはずです。ですから、私の塾は入塾試験をしないで先着順で生徒を受け付けています。理解の遅い子たちへの指導をとおして指導法を考え、自分たちの教務のノウハウや、オリジナルの教材を積み重ねていきました。ですから、むしろその子たちにはこちらが授業料を払わなくてはいけないくらいですね(笑)。
 導き出したノウハウの例をあげると、身近なものに例えて教えるように工夫しています。例えば「平方根はババ抜き」と説明しています。ババ抜きは2枚同じ数の札がそろえば外に出せますよね。平方根も、√2×√2=2のようにふたつ同じ数がそろえば外に出せます。このように、身近な、誰でも知っているようなものに例えるとみなさん理解してくれます。
 塾というのはよほどうまくいかない限りは儲かる業種ではありません。しかも私のように、物件を借りて人を雇って経営していると、それだけお金がかかって利益も得づらくなります。自分の家で家族だけでやれば家賃も人件費もかかりませんからね。それでもなんとか現在、正社員を雇って経営を続けられているのはひとつの成功と言えるのかなと思っています。


授業の前には偉人伝や一般常識、歴史上の出来事を学んで「心のウォーミングアップ」をする。「人間力の育成に力を入れています。」
夢、計画、目標を持って
 私は夢や計画、目標を大切にしています。よく言われることですが、やはり小学校や中学校での夢が生きる原点になっていると思うのです。
 私が営業をしていたころは、毎月数字の目標を立てさせられました。目標を立てれば何をどのくらいすればよいかわかります。それと同じことで、早いうちから目的意識を持って取り組むということが大切だと思いますし、大人になってからも役に立つのではないかなと思います。
 計画にもうまい立て方というものがあります。大成建設に勤められていた加藤昭吉さんという方は、土木工事の計画が一度も遅れたことがないそうです。土木工事ですから、天候によって計画が左右されるはずなのですが、加藤さんはA計画を立てたうえで、もしA計画がだめになったときのためのB計画、B計画がだめになったときのC計画、D計画…と、代替計画をいくつも用意したそうです。
 これはほかのことでも同じで、計画を立てても、その通りにいかないことのほうが多いですよね。最初は意気込んで英単語を1日10個覚えようとしたけれど、なかなか10個を毎日覚えるのは難しくて途中で止めてしまったというような経験がある人は多いのではないでしょうか。そういうときは代替計画として1日3個に目標を下げてもいいから、とにかく続けることが大事なんです。
 計画や目標を達成しやすくするためには、①紙に書く ②声に出して読む ③期限を決める という3か条が大切です。また、目標や計画は具体的にしましょう。具体的というのは、例えば数字を入れること。「単語をたくさん覚える」ではなく、「単語を10個覚える」ということですね。もちろん10個でなくて5個や3個でも構いません。
 今まで積み上げてきた指導法をたくさんの本に書かせてもらってきましたが、これからもみなさんの役に立つ本を世に送り出していきたいですね。私は来年でもう70歳になりますが、幸い塾講師には定年がありません。日々小さな生徒たちに囲まれて私も元気をもらっていますから、ぼけるまでは現役で続けていきたいですね。
 ダルビッシュ選手が大リーグに行ったように、私も本の印税で「ビルダッシュ(奪取)! 」なんてね。
(写真/構成 中込雅哉)


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