第13回 西口正さん
千葉県習志野市津田沼にある教室。クラシックが好きな西口さんは、子どもの勉強中に心が落ち着く音楽をかけることもしばしば。
不屈の精神で塾を始める
 もう営業は続けられませんから、損害査定をする内勤の部署に移ることになりました。損害査定というのは、事故や災害があったときに、顧客の会社にどのくらいの金額を支払うのかを調査して決定する仕事です。
 営業は支払いを約束してとにかく契約を取り、会社の売り上げを増やすことが求められますが、損害査定は支払いを少なく済ませて会社に損をさせないことが求められます。今までやってきたことと正反対のことをしなくてはならないわけです。これが同じ会社の仕事かと驚きましたね。
 損害査定の部署はあまり忙しくありませんでした。午前9時から午後4時45分が定時だったのですが、午後4時半ごろには帰り支度を始めて、45分に終業のベルが鳴ったらさっさと帰るという生活でした。それまでは1日中働いているような生活でしたから、私は暇を持て余すようになりました。早く家に帰っても晩御飯もまだできていない時間ですから、いろいろなセミナーや勉強会に参加するようになりました。
 私には「このままでは終わらないぞ」「何かやりたい」という気持ちがありました。元々独立志向が強かったので、ほかの業種で独立ということも考えました。査定の仕事でいろいろな業種の会社を見る機会があったので、「自分がやるんだったらどうやるだろう」と考えながら見ていました。
 また、大学時代の家庭教師の経験がとても印象深かったので、学習塾系はいいなという思いが頭の片隅にずっとありました。塾を査定することもありましたから、資料や現場を見て「ここはこうしたらもっと面白いなあ」と考えていました。
 そんななか、神戸に面白い塾があるということを知りました。早速見学に行ったら、とても面白く感じ、それから1か月くらいでフランチャイズに入る形で塾を始めることになりました。
 そのときはまだ損害保険会社に勤めていましたから、副業は就業規則で禁じられていました。厳密に言うと規則には「会社の業務時間中にほかの職務につかないこと」とありました。ですから妻が社長になり、私は仕事が終わった後や土日に手伝うという形をとりました。もちろん副業にならないように給料は全くもらいませんでした。そうでなくても給料をもらえるほどうまくいってはいませんでしたね(笑)。
 最初の教室は千葉県鎌ケ谷市の初富というところに出したのですが、ビギナーズラックなのか、思いのほかうまくいきました。塾を始めるにあたって2万枚のチラシを配ったら、初日から17人もの生徒が来たのです。
 まだ勉強を教えるノウハウはまったくなかったので、フランチャイズの本部から応援をもらいながら模索していきました。今考えると初期のころの生徒さんには申し訳ない気持ちがありますね。ただ、ノウハウがないぶん一所懸命頑張ったという自負はあります。
 うまくすべり出したものの、まだ初期投資を回収できる状態ではなかったのですが、フランチャイズの本部から、千葉県船橋市の津田沼にもう1教室出しませんかという話をもらいました。初富の教室がうまくいっているので、じゃあやりましょうと新しい教室を出すことになりました。


立ちはだかる壁と挫折
 津田沼にふたつ目の教室を出す前に、阪神淡路大震災が起こりました。当時私は「財テク」と呼ばれていた不動産投資をしていました。親から相続した不動産を担保に投資をしていたのですが、震災によって持っていた土地や建物がだめになり、大打撃を受けてしまったのです。ただ、ダメージはすぐに表れるのではなく、じわじわと表れていくことになります。
 津田沼の教室は、本部との契約を済ませて初期費用も支払ってしまっていたので、止めるわけにはいきませんでした。ところが、こちらは初富の教室のようにうまくはいきませんでした。私ははじめの成功を踏まえ、今度はもっと生徒を集めようと10万枚のチラシを配りました。そうすれば50人くらいは集まるかなと思ったのですが、初日にはひとりも集まりませんでした。しばらくしてからひとり、またひとりと集まってきたのですが、私の算段はまったく外れてしまったのでした。
 あとでわかったことなのですが、津田沼は日本一の塾の激戦区で、生徒さん、保護者さんはたくさんの選択肢のなかから、じっくり見極めて塾を選ぶ傾向があるのです。
 塾には勉強を教える「教務」と、システムを回していく「運営」と、生徒募集などをしてビジネスとして成り立たせる「経営」の三つの要素があります。ほとんどの学校では「教務」と「運営」をすれば十分ではないかと思いますが、塾の場合は「経営」をしなくてはならないのが難しいところです。
 特にフランチャイズでよくトラブルになるのが、生徒募集だそうです。私もそうでしたが「チラシさえまけば簡単に集まりますよ」という言葉を信じてやってみると、実際には生徒が全然集まらないということがよくあるようです。
 また、私が入ったフランチャイズは特に初期投資が大きいところでした。当時としては珍しくパソコンを使って教えていましたから、それだけでもかなりの金額です。
 生徒募集がうまくいかないけれど初期投資を回収せずに止めるわけにはいかない。さらに震災の影響がじわりじわりと出てきて借金が膨らみ、私の人生のなかでも一番苦しく大変な時期に入っていくのです。


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