第43回
さわやか福祉財団理事長
堀田 力さん
2003年4月号掲載


PROFILE
弁護士・(財)さわやか福祉財団理事長。昭和九年京都府生まれ。京都大学法学部卒業後,検事になり,各地の地検で汚職や選挙違反を摘発。法務省刑事局付検事,在米日本大使館一等書記官を経て,昭和五十一年,東京地検特捜部に。ロッキード事件では六年間,田中角栄元首相らの公判に専従し論告,求刑を行い,“カミソリ堀田”として知られた。その後,法務大臣官房人事課長,最高検察庁検事,法務大臣官房長を歴任。平成三年,福祉活動に従事するために退官。「さわやか福祉財団」を設立し,ボランティア活動の啓蒙と方法論の提供に務める。『否認』(講談社文庫)など,著書多数。

高校では文芸部ですね。近くに奈良や滋賀もありますし,古典の舞台も多いですから。もっとも文学作品を読んでは訪れるという遠足付きですけど(笑)
小説家になりたかった
 生まれは京都府の宮津です。両親は中学校と女学校の英語の教師でした。どちらも明治・大正のリベラリストで,自分の責任で自分のしたいことをやりなさいという教育方針でしたね。ただ,人に迷惑をかけてはいけないという点に関して母は特に厳しかったです。
 自分では小さい時から正義感が強いという意識はなかったけれども,だいたい小学校のクラスのリーダーでした。「級長」ですね。喧嘩が起こらないようにクラスのみんなをまとめることが多かった。
 小さい頃から,家にあった日本や海外の文学書を結構読んでいました。小学校五年生の時に学校の先生に将来の夢を聞かれて,当時は戦争中ですから,みんなは「騎兵になりたい」とか「特攻隊に入りたい」とかいう答えでしたが,私は「小説家になりたい」と答えたら,棒で頭を殴られました(笑)。
 そんなわけで中学までは小説家になりたいと思っていましたが,西洋文学と違って当時の日本文学は私小説が主流で,社会性がなくておもしろくないんですね。メッセージ性もない。
 そのころ井上靖さんが売り出して,一度に魅せられた。彼は毎日新聞の記者から作家に転身したんですが,彼のように新聞記者ならば社会のいろいろなことを学ぶことができるから,新聞記者になろうと。
 ところが,高校時代の終わり頃に読んだ新聞記者の書いた本に「新聞社は実に封建的で上が威張っていて自分が思っているような仕事はできない」とありましてね。それで新聞記者志望もやめた。そこで法律家だったら社会のいろいろなことに触れることができるのではないかと考えたんです。
 しかし,法学部に入ったものの法律なんてちっともおもしろくなくて,法律の勉強は全然しませんでした(笑)。むしろ実存主義とかマルクス主義とかに興味がありました。他にも中国の思想を研究したり,哲学や社会学,経済学などの本を読みまくったりしてました。大学の授業はほとんど出てなかったですね。


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