第42回 おもちゃの大工 野出正和さん

案外一緒に働くことは少ないんです。ぼくが新作を作るとスタッフの作業を止めてしまいますから
木のおもちゃを作る
 会社の共同経営者である友人に「木のおもちゃを作る」と宣言しました。「作り方知ってるの?」「知らない」「売るあてはあるの?」「ない」「資金はあるの?」「ない」そんな押し門答のすえ友人はあきれ果てて「やめときなよ。子どもが生まれたばっかりなんだからさ」と忠告してくれました。当然親もかみさんも大反対です。でももう止まらないんですね(笑)。
 ホームセンターに行って,わけのわからない機械とわけのわからない木を買ってきました。木の種類もそれぞれの特性も知らないんです。同業者がいるということも知らなかったし,木のおもちゃがどこでどんな人にどんな風に売られているかも知らなかったですね。気持ちのおもむくままにアパートの一部屋で手押し車みたいなものを作りました。作り上げてからふと「お金にどうやって換えよう?」と考えたんです。
 いままでの社会経験から「決定権はトップにある」とわかっていました。それで幼稚園や保育園に訪ねては園長先生に会わせてくれと言って歩きました。何百軒と回っても九割は会ってくれないんです。会ってくれても誰も買ってくれない,それが1年くらい続きましたね。でも会ってくれた人はアドバイスをくれたりほかの人を紹介してくれたりと,そういうことが人脈や商品の向上につながっていきました。この間の生活費はなんとクレジットカードのキャッシングで乗り切ったんですよ(笑)。キャッシングしたお金を返さないといけないころから,ぼくの木のおもちゃは徐々に売れるようになっていきました。
 木のおもちゃの魅力は,まず素材にあります。木のことを悪くいう人は不思議といないでしょう。携わっている人――苗を植える人,育てる人,伐採する人,製材する人――みんなが愛を持って接しているからこそのぬくもりがあると思うんですよね。あとは,木のおもちゃというのはそんなに複雑なものは作れないので必然的にシンプルなものになるということです。シンプルなものというのは遊びが限定されないで広がっていくのが何よりの魅力ですね。
 今では,保育園・幼稚園の家具やトータルプランニングを頼まれたり,新聞や本の執筆を頼まれたりと仕事の幅がだんだん広がってきています。家具などの納品は遠くても必ず自分も行って見てみるんですよ。実際に子どもたちが使っているのを見るのは嬉しいし,子どもたちも作った人と会うと大切に使ってくれるようです。実演や公演など日々忙しく飛び回っていますが,宙に浮いたようではなく,かなり幸せだと感じています。もうすぐ十年,どの仕事よりも長く続いていますから合っているのでしょう。
 なんでも一生懸命やることです。一生懸命やっていると,周りの人が助けてくれたり,チャンスがめぐってきたりするものです。サッカー一途に勉強をしてこなかったぼくの受験を,サッカー部の父兄が見てくれたように。縁は自分の熱意が呼び寄せるんですよ。それに一生懸命やったことのある人はほかのことでもちゃんと一生懸命できるものなんです。中途半端な人はいつまでたっても中途半端なままです。
 バイクの事故で大怪我をして停学になった十八歳のとき,親身になってくれた先生がいます。ぼくのおもちゃが取り上げられた新聞を見てすぐに電話をかけてきて泣いているんですよ。「あんたがまともになってよかった」という先生の言葉に,新聞やテレビに出ることは迷惑かけてきた人に喜んでもらえるいい機会だと思うようになりました。
 先日,ドイツのおもちゃショーに行ってきました。海外の販売代理店が二十店ほど増えそうです。日本では木のおもちゃを輸入しているところは多くても輸出している人はいないんです。人のしないことをしていくというのもこれからの仕事の楽しみのひとつですね。

(構成・写真/石原礼子)
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