第35回 スポーツドクター 小山由喜さん

ストレッチから筋トレまで一見普通のトレーニングジムのよう。少しずつ体を動かすことで,復調していくお年寄りも多い
名医より良医でいたい
 整形外科医として十年東京の病院に勤めたころ,父が亡くなりました。父が地域のなかでやってきた医療のことを振り返り,父とは診療する科目も内科と整形外科でぜんぜん違うのですが,父のやってきた三重県津市のこの土地で開業することを決めました。昭和五十七年に開業して,今年二十周年を迎えました。二十年間に来院された患者さんは約八万四千五百人で,そのうちスポーツに由来する患者さんは約二万三千六百人です。二十八パーセント程度になりますね。反対に見ると,七割以上の方が,地域の整形外科として,腰痛や骨が折れたなどさまざまな理由で来院されているということです。
 スポーツ選手で最初に来院されたのはお相撲さんでした。東京にいたころの飲み仲間だったんですけれどね(笑)。それを東京中日の記者に取材されたこともあって,口コミでだんだんスポーツ選手の来院が増えていきました。
 今や大リーグのシアトルマリナーズで大活躍のイチロー選手や,中日ドラゴンズの山田久志監督などが,阪急ブレーブス,オリックスブルーウェーブ時代に来院されてましたね。
 山田久志監督の友達でプロゴルファーの青木功さんなんかは「ここで合宿するぞー!」って言って来てました(笑)。本当は入院なんですけれどもそれを「合宿」というだけでも怪我して滅入っている気持ちが違うんでしょう。うちの病院にはプールやトレーニングルームもあります。怪我をしていても,スポーツ選手は運動をしないと運動能力が落ちていってしまう。電気鍼など理学療法でも治しながら,体力,パフォーマンスを落とすことないように,最適なリハビリテーションやトレーニングを指導していくのが,スポーツドクターの仕事です。
 うちのトレーニングは厳しいんですよ。薬漬け,注射漬け,寝たきりにはさせない。手術して抜糸して大丈夫だったら,トレーニングを始めます。そのほうが,怪我をする前の状態に戻るのが早いんです。この方針は儲からないですけれどもね(笑)。薬をたくさん出したほうが儲かるというのは医者として間違っています。
 僕は生涯を良医でいたいと思っています。「良医とは常識と道徳を心得た人」「名医とは哲学と創意を身に付けた人」「ただの医者とは偏見と傲慢を身に纏った人」「医学者とは机上にて聖書を読みふけった人」この四つの言葉を,忘れないようにしています。自分は特別すぐれた名医ではありません。驕らず,常識と道徳を守るだけです。
 ちょうど十年前のバルセロナオリンピックで,谷口浩美選手が八位でゴールしたときのことを思い出します。オリンピックを一カ月ちょっと後に控えた日に,来院されました。診断すると,右足の甲を疲労骨折していました。オリンピックに出て勝ちたい,その気持ちは痛いほどわかります。寝たきりにして,競技能力を落とすわけにはいきません。治療をしながら,水中トレーニングのプログラムを必死で組みました。水の中では浮力があるので足の甲への負担が少ない一方,動作に対しての負荷が大きいので効果的なんです。一生懸命の治療の結果,バルセロナオリンピック本番までに完治することが出来ました。
 完治した足で力走する姿を,夢中でテレビに向かい応援していました。半分を過ぎたばかりの給水所で,三十人ほどの先頭集団にいた谷口選手は,水を取ろうとして後続選手に左かかとを踏まれ,転倒。脱げてしまった靴を取りに戻り再スタートをしたときには,先頭集団から二百メートルほどの差がついていました。でも,そのあとの二十キロで,二十人をごぼう抜きにしてスタジアムに帰ってきて,結果は八位入賞でした。転倒というアクシデントさえなければ…。靴を踏んだ相手選手にも,谷口選手にも,「せっかく治してあげたのになんで!?」という思いでいっぱいでした。でも,谷口選手は,靴を踏んだ相手選手への恨み言は一切口に出さず,笑顔で「こけちゃいました~」と言ったんです。「これも運ですね。でも,精いっぱいやりました。入賞できた自分をほめてやりたい」テレビの中の谷口選手が,まぶしかった。それに比べて「せっかく治してあげたのに」と一瞬でも思った自分の驕った気持ちを恥ずかしく思いました。

スポーツ医学から健康医学へ
 スポーツ障害はほとんどがオーバーユース,つまり運動しすぎることによって起こります。でも,ほとんどの日本人は運動をやらなさ過ぎなんです。月に一回二回ゴルフやテニスをする程度の人が,「スポーツやってます」と堂々と答える(笑)。それは「趣味」のはんちゅうであって「スポーツ」とはいえないと思いますよ。理想は二日に一回,体を動かすこと。人によって違うので,どのくらいの量がいいとは一概に言えませんが,軽く疲れる程度でしょうか。体を動かすことで,老化のスピードも大きく変わってきます。筋力やバランス感覚などの低下を防ぎ転倒障害を防ぐことは,とても大事なことでしょう。ベッドに寝たきりではなく,老後も自分の手と足でしっかり歩きたいですよね。
 また,子どもたちも,適度な運動を,是非,してほしいものです。昔は文武両道とよく言われましたが,最近は,スポーツの才能がある子は英才教育を,勉学のほうに才覚のある子はスポーツをぜんぜんしない,というように二極化してきているように見受けられます。成長期の子どもの身体能力を無視したトレーニングには危険性をはらんでいると認識しなければいけません。中学校に入るまでは,競技技術を鍛えるよりも,外で遊びながら体を動かすことでバランス感覚などの運動神経を鍛えるのがいちばん。中学生のころは走りこんだりしながら基礎体力や持久力を付けていく。それが,成長期の子どもの体にあったトレーニングでしょう。一方で,先生方には,スポーツに苦手意識のある子たちにも,スポーツの楽しさを教えてほしいと思います。
「Life is SPORTS SPORTS is Life」――老若男女すべての人の健康を支えてくれるのがスポーツなんです。
(構成・写真/石原礼子)
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