第35回
スポーツドクター
小山由喜さん
2002年8月号掲載


PROFILE
スポーツドクター。整形外科医。昭和二十一年,三重県生まれ。四十八年,順天堂大学医学部卒業。順天堂大学整形外科,東京労災病院整形外科医長などを経て,五十七年,三重県津市一身田町に小山整形外科病院を開院。日本におけるスポーツ医学の第一人者として,女子マラソンのオリンピックメダリストである有森裕子選手や高橋尚子選手をはじめ,数多くのアスリートの治療,リハビリにあたっている。日本体育協会公認スポーツドクター。日本オリンピック委員会強化医事委員。

「高橋尚子選手はかわいらしい,素直なお嬢さん」高橋選手から贈られたシドニーオリンピック金メダル記念の盾などが,大切に飾られている
金メダルランナーのお守り
 女子マラソンの高橋尚子選手が日本陸上女子史上初めての金メダルを取ったのは,二年前のシドニーオリンピックでのこと。テレビで,はらはらしながら応援していました。走りきってテープをきった姿を見たときの感動は,とてもよく覚えています。
 高橋尚子選手が,うちの病院にやってきたのは,シドニーオリンピックの前年の秋でした。うちは病院ですからね,調子のいいときに来るわけがない(笑)。腿の付け根から膝にかけての太もも外側に痛みが出る「腸脛靱帯炎」でした。トレーニングをしすぎることで起こる障害で,「ランナー膝」とも言われるものの一種です。高橋選手にとっては,ずっと目標にしてきたシドニーオリンピックに出るための選考マラソン直前の時期。今すぐにでも走りたい,走らなければならないという思いがあったでしょう。
 スポーツドクターと一般の医者との一番の違いは,そこにあります。安静にしているのが障害を治すのには一番いいんです。でも,安静にしていたら今まで努力して積み上げてきたスポーツ能力が落ちることになります。体力を落とさないように,トレーニングをしながら治していかなくてはならない。でも,トップアスリートはモチベーションが高く,リハビリやトレーニングもきちんと最後までこなすので,治りも,一般の人より格段に早いんです。
 高橋選手も二週間のリハビリで治し,小出監督とオリンピックに向けて,スタートしました。ところが,オリンピック選考の舞台になるはずだった大阪国際の試合の前に手首を骨折,名古屋国際女子マラソンにかけることになったんです。
 そのとき,お守りにと渡したのが,病院開業以来,シンボルにしている「スカラベ」です。スカラベは糞を転がしその中に卵を産む黄金虫の一種で,古代エジプトでは創造と復活のシンボルとして神聖視されていました。「復活」というのはスポーツ医学のテーマそのものだと,シンボルマークにしたんです。不運にも故障してしまった全てのスポーツ選手に復活してほしいとの願いを込めたシンボルです。高橋選手に渡したのは,古代エジプト期に再生と不死のお守りとして死者と共に埋葬されたスカラベの形に彫刻された宝石。彼女はそれをランニングパンツに縫い付け,見事名古屋国際女子マラソンを大会記録で優勝しました。そして,シドニーオリンピックでも,小出監督の言葉を書いた紙など他のお守りと一緒に身に付けて走り,金メダルを獲得したのです。最高の「復活」の瞬間でした。


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