第32回 画家 白木ゆりさん

Sound‐20(撮影/栗木繁美) 平成八年,海外で評価の高い版画家の大西信之氏と結婚。グッと作品がよくなったと言われます(笑)
芸術は人との出会いの中で生まれる
 版画には,木版画,銅版画,石版画(リトグラフ),シルクスクリーン等いくつかの技法があります。私は現在,銅版画が中心ですが,この銅版画の制作ひとつとっても,「エッチング」「メゾチント」「ドライポイント」「アクアチント」「エングレーヴィング」など様々な手法があります。銅版画は凹版とも呼び,凹(溝)の部分にインクをつめ,プレス機を使い,強い圧力をかけて紙にすり取らせます。製版は硝酸などで腐食させることによって,繊細で精緻な線の溝や,大胆な面の溝を作ります。また,銅版を薬品を使わずに,刃物で直接ガリガリと削るドライポイントという手法を使い,力強くかつ,にじんだ柔らかい線を作り出すこともできます。
 以上,ワンポイント版画講座でした(笑)。三年前から銅夢版画工房という教室で,高校生から中高年までに銅版画を週に一回教えているためか,つい講義調になってしまいましたね(笑)。
 でも,この教室で教えることは本当に勉強になります。生徒さんよりもむしろ私自身にとってプラスになっているような気がします。人のもっている個性というものは限りなくそれぞれ違いますよね。それを私はいながらに全部共有することができるんです。もちろん私のもっているものも共有してもらいたいと思っています。芸術というものは,決してひとりで部屋にこもっていて生まれてくるものだけではありません。多くの人との出会いの中で触発され,育まれていくものです。そう考えると先生という職業は幸せだと思います。キラキラ輝くたくさんの個性に囲まれているのですから。


見えないものを見えるものへと翻訳
 七年ほど前から「音を描く」をテーマに「Sing」「Song」「Sonic」「Sound」という作品タイトルで銅版画を制作してきました。私を取り巻くすべての音をしまい込み,それらを少しずつ線にします。あえて目を閉じて制作するときもあります。聞こえてくる音を,そのまま描写するのではありません。日頃,さまざまな音を記憶にとどめておき,画面に向かった時にそれらの音がよみがえり,外界の音と私の呼吸,そして銅版にあたるニードルの音と感触とが確実につながったときに線が生まれるのです。目には見えないたいせつなものを,見えるものへと翻訳するのが私の仕事だと思っています。線というのは無駄を排したシンプルな表現。線にこだわるということは,ごまかしようがない,生きることそのものという感じを抱いています。
 と,ちょっとかっこよく決めてみましたが,この「音を描く」ということで一番触発されたことは何だと思いますか? 実は落語なんです。十年近く前に,ひょんなことから趣味の落語サークルに入ることになりまして,それまで落語にはぜんぜん興味がなかったんですが,いろんな落語家さんの高座を聴いているうちに,リズム感あふれる言葉の響きや,絶妙な間の取り方がまさに音楽そのものだと感動したんです(笑)。現在,私の作品にはこの落語を通して得られたリズム感が生きているのではないかと,ひとり悦に入っています(笑)。実は落語を聴くだけではあきたらなくなり,「えかき亭ゆり香」という芸名で,年に四,五回,老人ホームや刑務所などを訪問しては高座に上がっています。腕前ですか? 周囲からは落語もできる画家じゃなく,絵も描ける落語家だって言われてるところから想像してくださいな(笑)。


<<戻る つづきを読む>>
2/3


一覧のページにもどる
Copyright(c) 2000-2024, Jitsugyo no Nihon Sha, Ltd. All rights reserved.