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『徳川家康 トクチョンカガン』刊行記念対談 荒山 徹 × 縄田一男 虚構から真実を照らす伝奇小説を愉しみたい!

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写真/ 瀧渡尚樹
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縄田一男(なわた かずお) 文芸評論家。1958年生まれ。時代小説、ミステリー、ホラーなど、幅広いジャンルの評論で活躍。著書に『時代小説の読みどころ』(中村星湖文学賞)『捕物帳の系譜』『「宮本武蔵」とは何か』、編著に『時代小説アンソロジー』など。
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荒山 徹(あらやま とおる) 1961年富山県生まれ。新聞社、出版社勤務を経て、99年『高麗秘帖』で作家デビュー。歴史と奇想をからませた壮大な物語世界で多くのファンを魅了。著書に『魔風海峡』『『十兵衛両断』『サラン・故郷忘じたく候』『柳生大戦争』(舟橋聖一文学賞)『鳳凰の黙示録』など多数。

縄田: 今回、荒山さんの最新刊『徳川家康 トクチョンカガン』の帯に、山岡荘八『徳川家康』、隆慶一郎『影武者徳川家康』に続く「第三の家康」の誕生、という趣旨の推薦文を書かせていただきました。荒山版家康は朝鮮人の影武者が将軍となり日本人に復讐を図るという人物像ですが、これは以前から構想を抱いていらっしゃったのでしょうか。

荒山: すばらしい帯を書いていただいて大感激です(笑)。今回の家康の発想は、昔読んだ冒険小説に、コリン・フォーブズの『石の豹』(ハヤカワ・ノヴェルズ、絶版)という作品がありまして、フランスの大統領が実はソ連の……という内容が頭に残っていました。それと、「あとがき」にも書きました、朝鮮の儒学者・姜沆(カンハン)が朝鮮出兵で捕虜となった話、そして隆さんの『影武者徳川家康』が融合してできたような感じです。

縄田: なるほど。しかし、コリン・フォーブズとはシブいですねえ(笑)。
家康がこれまでどう描かれてきたか、というと、明治期にはすでに世羅田二郎三郎が家康の影武者だったという説が出ていますね。当時、一般は明治が江戸を否定するため家康は「狸親父」に仕立てられていました。
戦後になってから山岡荘八が『徳川家康』を書きました。これは徳川の立場を当時の世界情勢に重ねて書いたといわれています。新興勢力の信長がソ連、京文化にあこがれる今川はアメリカ、弱小国の三河(徳川)は日本。当初は三河が恒久平和を勝ち取るまでの道という意味づけだったようです。
『徳川家康』は歴史小説の読み方を変え、歴史を情報として読むという形態を作りました。ここから経営者が読む処世訓、ビジネスマンの副読本としての流れができた。
確かにそれはひとつの読み方ではありますが、やはり、小説というのは功利性を持って読むものではないですし、隆さんの『影武者徳川家康』は「家康」を情報から物語の側に引きずり戻したんですね。荒山さんは『影武者徳川家康』をどう読まれましたか。

荒山: 隆さんの作品はその前に二、三作読んでから、『影武者』を読んだのですが、実は一度目は一向一揆のところで挫折してしまって(笑)、再チャレンジのときは面白く読みました。史実からこれだけすばらしい嘘がつけるのかということをまず感嘆して読んだ覚えがあります。

縄田: 隆さんは「歴史家に負けない小説を書きたい」とおっしゃっていました。かえって虚のほうが実を照らし出すことができると。隆さんが使った資料を見せてもらったんですが、あれほど付箋を貼られた「徳川実紀」(徳川歴代将軍の実録)をほかでは見たことがない。何度読んだかわからないというくらいの状態でした。

荒山: 史料や史実と徹底的に向き合ってこそ、その間隙を縫った先にあの伝奇小説があるということでしょうね。小倉の松本清張記念館を訪ねたときに、流行作家の松本清張が資料カードをつくって、イラストまで描いてあった展示を見て、こういうのは見習わないといけないなあと思いました。

縄田: 山田風太郎さんも勉強してないってずっと言っていたのに、ノートなどを見ると、ものすごい勉強量なんですよ。だけど本人は勉強とは思っていなかったらしいです。さすがは天才で、本気ともからかっているともつかないようなことを言ってましたね。「鎌倉と室町はどっちが先だっけ」とか(笑)。

『影武者徳川家康』と伝奇小説へのこだわり

縄田: 荒山家康では、忍術者、朝鮮方にしても武田方の忍者にしても、このあたりの描き方の奇ッ怪さは山田風太郎さんの直系のような印象を持ちました。「イモリのような両生類を思わせた」「ぴたん。ぷるるん。」となんとも言えない感触で(笑)。それに、お遊びも入っていますね。宗矩が「夢でござる!」という場面なんか(笑)。

荒山: 『柳生一族の陰謀』は大好きな映画ですので。あれで時代劇が面白いなというのがわかったんですね。権力者同士の激突と、その裏でそれぞれの手駒として剣豪、忍者が激突する構図の面白さとか……。

縄田: それから、ここは隆さんが降りてるんじゃないかと思ったのは、第十章の最後に、元信が「汚い手だなあ」と笑った次の瞬間闘志を剥き出しにして、「よいか、長松。この家康に逆らう者は、息子であっても容赦はせぬ」と秀忠に言い放つ場面。このあたりの台詞の転換は隆さんですよ。
今回の小説を書くにあたって、一番難しかったところはどこですか。

荒山: この作品は隆さんの『影武者徳川家康』の陰影としてすべて反転させるつもりだったので、クリーンな秀忠と黒々とした家康にするはずだったのですが……。家康自体も『影武者』における宗矩的な徹底的な黒さはつくれなかったですね。そのあたりの描き分けは苦労しました。後半、坊主を主人公にしたことが、仏教についての勉強不足もあり手に負えなくなってきて、そうすると真田幸村の存在が面白くなり、自分の今の心情を幸村に語らせたりして……。また秀忠はもう少し描きたかったというのはあります。

縄田: 「(お江与は)一瞬で見抜いた。この男は一級品だ」と書いていらっしゃいますが、一般的に、秀忠に対する評価は低いですね。

荒山: やっぱり『影武者徳川家康』でああいう書き方をされてしまったからではないかと(笑)。秀忠は二代目で、かなり損をしています。戸部新十郎さんが『徳川秀忠』でかっこよく書いてはおられますが。
最後に秀忠との対決をさせるときに、もっと家康(元信)を黒くさせるべきだったかなとも思いましたが……。

縄田: そこらへんは読者がどちらを受けいれてくれるかでしょうね。黒くなりきれない方がかえって人間味が出て、迷いがあるところに心ひかれるという面もありますよ。
しかし、隆さんが生きていてこの小説を読んだら、最初は「この野郎」って言って、次には呵々大笑すると思いますよ。

荒山: 少しでも隆さんに近づこうという意識で書いたところではあるのですが……。

日韓、アジアの歴史を描く

縄田: 荒山さんは「あとがき」で、文禄・慶長の役において朝鮮王朝は勝者だが、徳川も勝者だったとおっしゃっている。ですが、一般に、今の日本人でこういう歴史の捉え方はなく、朝鮮侵略が是か非かという観点のみが先行している。
荒山さんが朝鮮半島の歴史に関心をもつきっかけとなったのは、在日朝鮮人の指紋押捺反対運動の取材だったそうですが、具体的にはどういう取材でしたか。

荒山: 当時は新聞の警察担当記者でした。一人が指紋押捺を拒否して逮捕されると、在日韓国・朝鮮人の人たちが徒党を組んで警察署の前に押し掛けてくるわけですが、両者の言い分を聞いていくうちに、関心が深まってきたという感じでしたね。自分の生まれた国に敵意を燃やしている人を初めて見て、我が国は何をやったんだろうという疑問から始まったんです。

縄田: 朝鮮侵略が小説の題材となったのは割と早くて、昭和15年(1940年)に海音寺潮五郎が書いた『茶道太閤記』は、千利休が切腹させられた理由は秀吉の朝鮮出兵を批判したからだった、という内容です。利休は当時茶坊主としか見られていなくて、国民的英雄の秀吉と対等に扱うとは何事かと、世間の評判は悪かったそうです。でも日中戦争勃発から三年、大陸侵略が行われた時代に真っ向から書いているのはすごい。
  文禄・慶長の役では、必ずしもすべての朝鮮人が日本人に敵意を燃やしたのではなく、むしろ日本人について行こうとした人もいたし、元寇の際には、逆に朝鮮が日本に対して残虐行為をしたことも荒山さんは小説で書かれていますね。日韓の歴史を書くうえで、書きやすい点と書きにくい点があるとすれば何でしょうか。

荒山: 書きにくい点というのはないですね。日韓の歴史は「悪い」「良い」の観点ではなくて、面白いか面白くないかという観点で見ています。文禄・慶長の役を善悪だけで見てしまうと、興味がそこから先に進んでいかないですし。どうやって朝鮮方の武将が祖国愛に燃えて戦ったかとか、日本の武将たちが嫌々ながら朝鮮に行ったという事実も見えなくなってしまいます。

縄田: これまで、朝鮮出兵は秀吉の大陸侵略が良いか悪いかという視点以外ではほとんど語られてこなかったですね。

荒山: 韓国の映画で、李舜臣を主人公にして1977年に作られた「乱中日記」という映画があるのですが、日本の時代劇映画にはない面白さがあります。亀甲船とかも出てくる。いい、悪いという基準だけでふたをしてはいけないのではないかと思いました。

縄田: ここ数年の韓流ブームで向こうの映画やテレビドラマが見られるようになったので、日本の読者も以前よりは韓国の歴史を知ってきたのではないかと、「青春と読書」で書いていらっしゃいましたね。

荒山: レンタルショップに行くと、ずらっと韓国の歴史ドラマが並んでいますから。何しろ本家ですし(笑)。韓国のドラマを見た世代がこれからどういうものを見出していくのか楽しみではあります。

歴史の真実を描く伝奇小説の魅力

縄田: ここ最近、火坂雅志さんの『天地人』のように、天下を獲らなかった武将は何をしていたか、という新しい戦国小説の軸が出てきました。火坂さんは地方からの視点ですが、一方で荒山さんのように伝奇的な、かつ海外からの視点がある戦国小説の軸もあっていいと思います。海外からの視点という意味ではこれまで白石一郎さんや陳舜臣さんの作品がありますが、一般的に国際的視点というと、鎖国や戦争中の侵略行為と重なった視点ととられ不利だったのではないでしょうか。やっと新しい時期がきたと思います。

荒山: 中国を中心とした国々の興亡で、日本もその内のひとつだという視点をもって面白いものを書きたいというのが夢ですね。文禄・慶長の役で言うと、まだ中国からの視点というのはないですね。それが出て初めて全貌が見えるのではないかと。

縄田: 歴史小説はほぼ書き尽くされているようで、海外との関わりにおいてはまだまだ書くことはありそうです。荒山さんの夢は読者としての夢でもあるのでぜひ実現していただきたいと思います。
それと、私は司馬遼太郎と山田風太郎の読者数が逆転すれば日本は変わるだろうと書いて、ある方に「あんなこと書いて大丈夫か」と心配された事がある。
伝奇小説は虚構を最大限利用しているんだけれど、歴史の真実はちゃんと描いているということをもっときちんと理解されてほしいなと思います。ただ、歴史を伝奇的手法で描こうとすると、ここまでは歴史でここからは遊びという、読者のほうにもある程度歴史の知識と認識がなければ物語を楽しめないという部分があります。その意味で、伝奇小説を通して歴史を描くというのは、実は一番大変な作業だと(笑)。
『徳川家康 トクチョンカガン』を、荒山さんの集大成というよりは新しいスタートとして、さらに構想雄大なものを書き続けていただけるとうれしいです。私は全面的に応援しますよ!

荒山: 書き手にとっては厳しい時代となるかもしれませんが(笑)、がんばります。

構成/ 月刊ジェイ・ノベル編集部
※本特集は月刊ジェイ・ノベル2009年10月号の掲載記事を転載したものです。