関谷ひさし

関谷ひさし

(セキヤヒサシ)

1928(昭和3)年1月14日~2008(平成20)年2月25日。福岡県北九州市門司区に生まれる。本名、関谷久。兄の影響で漫画を描き始め、新関健之介の作品に傾倒する。門司商業学校5年生の時に甲種予科練習生に合格して、松山練習航空隊に入隊する。17歳で終戦を迎え、故郷に戻り自動車部品販売店に勤務。その後、北九州新聞社に入社し、「まんが新九州新聞」などの記者となり4コマ漫画、カットを描く。そのかたわら、1952(昭和27)年に描いた『少年太閤記』が学習研究社から出版されデビューする。1957(昭和32)年、秋田書店の「冒険王」に『われは空の子』を連載して人気を得たのをきっかけに上京。同誌に連載した『ジャジャ馬くん』で、一躍人気漫画家の仲間入りを果たす。その後、趣味の車をテーマにした『少年No.1』、『イナズマ野郎』などでレーサー漫画を、『ストップ! にいちゃん』で学園スポーツ漫画のジャンルを開拓するなど幅広く活躍している。