第54回 エッセイスト/ジャーナリスト 見城美枝子さん

<『十和田国際学生フォーラム』にて>
これはコネではない?
 笑い話になってしまいますが,就職活動の時に「放送局はコネがないと入れない」という,まことしやかな話がありました。私は,自分の周りに放送関係の仕事をしている人がいなかったので,叔父の友だちの知り合いの……,というような全然縁もゆかりもない人にまでツテを求めたのです。そうしたら,あるNHKの解説委員の方にたどりついて,連絡をしたら,その方が会ってくださるとおっしゃるので,私は一人でNHKに訪ねていきました。結局,その方にお会いしてお話を伺っているうちに,ようやく私も「これはコネではない」と気がつきました(笑)。
 ただ,その時「あなたはNHKよりも,むしろ民放を受けた方がうまくいくかもしれません」というアドバイスをいただいたのがきっかけで,NHKと同じ日に試験があったTBSを受験することにしました。
 このように,コネクションでも何でもないようなお話でも,自分で先方に連絡をしたから,先方も「力にはなれないけれど,若い子が一人で来るそうだから」と思って,会ってくださったのではないでしょうか。とにかく自分で動くということはとても大事です。そもそもコネクションというと悪いイメージでとらえられてしまいがちですが,就職というのはやはりきっかけですし,もっと言えば,世の中のあらゆることがコネクションなのです。ですから,最終的にはコネの強さではなくて,本人の意欲が問われると思います。
 考えてみれば,大学で放送研究会に入ったのも,自分からコネクションを作ったようなものです。放送界には,放送研究会出身の先輩アナウンサーが大勢いらっしゃいますので,面接では名前も何もわからない人より,「君は早稲田の放送研究会か」ということで私は本当に助けられました。
 放送研究会では,毎日発声練習から始まるという厳しい活動をしてきました。ですから,高校や大学で将来を考えずに漠然と過ごしてきた人が,多少ルックスがよいからといって放送局の試験に合格するかというと,そういう問題ではないはずです。
 もし私が面接官だったら,ずらりと並んだ学生の中で,本当にこの仕事をやりたくて学生時代にその準備をしてきた人,しかもその準備に力の全てを使い切っていない人を選びます。それから,今は死語に近いですが,ガッツ,意欲がどれだけあるかがポイントだと思います。


前代未聞の謹慎処分
 TBSに入社した当初,私が未熟だったので,毎日きちんと上司に挨拶するのは当然なのに,「何かゴマをすっているような感じでは」とか「いい顔をするのが嫌だな」とか,何となく自分を清廉潔白にしようという,間違った青い部分がありました。また,上司の世代がなれ合っているように見えたり,女の子をからかう姿に嫌悪感を抱いたりして,ついて行けなかったのです。当然,上司から「生意気だ」と目をつけられました。私は悪気もないし,反発もしていないのですが,見方を変えれば「ちょっと会社の人間関係にまずいのではないか」ということになりますよね。
 そんな新人アナウンサー時代に,私は大失敗をしました。TBSのコールサイン(注:呼出符号。TBSはJORX)を間違えてしまったのです。私の処分をめぐって会議が開かれ,私は部屋の外で待たされました。その会議の途中,部屋から出てきたアナウンス室長に「君,アナウンサーを辞めるか?」と言われたのです。私は本当に驚きました。その時,私の口から出たのが「今ここで辞めさせられたら,ちょうど崖の上に立っているような状況なので私は生きていけません。アナウンサーとして残してよかったと言われるようなアナウンサーになりますから残してください」という言葉でした。思わず出たのですが,よく言えたと思います。でも,本当にそういう気持ちでした。
 結局,私は室長預かりの,期限のない謹慎になりました。その間は一切,マイクの前に立たせてはもらえませんでした。私の同期は次々といろいろな番組の仕事を覚えていく中で,私だけがそういう状態でしたので,つらかったですね。私は,蚕が繭を作るように自分の中に閉じこもっていて,自分の頭の中だけで「好き」「嫌い」などと勝手に判断していたのです。その繭をいきなり外から破られて,「そんな繭の中に入っていたら辞めてもらいますよ」と言われたような状態でした。
 室長の訓練は厳しくて,朝から晩までデスクワークばかりでした。室長が本当に許してくれるまでは何ヶ月もかかりましたし,その間には新聞を隅々まで読むようになりました。なぜかというと,室長から「新聞を読んでいるか?」とよく聞かれたからです。私が「読んでいます」と答えると,「差し戻し判とはどういう意味?」とか,今でしたら「BSEとは?」とか「トレーサビリティとは?」というように,新聞に出ている時事用語についてよく質問されたのです。私が答えに詰まると「それは読んでいるとは言えない」とか「『アナウンサー,見てきたような嘘を言い』。言うなよ」などと厳しいお言葉をいただきました。当時は資料を切り抜いてノートに貼っていましたが,そうやって鍛えられたおかげで,今でも下準備なくして仕事をすることは怖くてできません。


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