第50回 フリーダイビングの日本代表選手 松元 恵さん

競技を終えて浮上する松元選手<写真提供:松元恵>
「海に関わる仕事がしたい」
 幼い子ども二人を抱えて都内の飲食店に勤めていた頃,「アクアラングをやっている」というお客さんに誘われて,伊豆の海に初めて潜りました。最初はドキドキしましたが,水の中で息ができるのはとても感動しました。また,海にいる時は厳しい現実を忘れることができたのでよけいに夢中になったのでしょうね。
 当時はインストラクターでもない人に教わっていましたから,今から思えば大変危険でしたが,昔はインストラクターなんていませんでしたし,ましてや一部の男性だけがやるもので,まだレジャーとしては普及していませんでした。ですから,私がダイビングをやっていると聞くと,みんなびっくりしていました(笑)。
 子どもを昼夜預けて働く生活を続けているうちに,「生活のためには仕方がないが,私には水商売はいつまでも続けられない」と考えるようになりました。そこで「まずは手に職をつけよう」といろいろと調べていた時に,たまたま海に出会ったので「海に関わる仕事がしたい」と思うようになったのです。さらに,アクアラングをやっているおじさんたちが『潜水士』だったので,調べてみたら国家試験だけど学歴は問われないし,筆記試験だけで水に入る実技試験もなかったのです。
 そこで一所懸命に勉強して,晴れて資格を取ることができました。うれしくて,そのおじさんのところに「仕事をください」と挨拶に行ったら,なんと女性には無理だと言われてしまったのです。今でこそ女性がいろいろな力仕事の分野に進出していますが,その頃は「潜水士は男の仕事」ということで,女の入る余地はありませんでした。労働基準法にも「十メートル以上の潜水作業に女子は就いてはならない」とあったのです。せっかく資格を取ったのに仕事ができないのはとてもショックでした。


インストラクターへの道のり
 そこで今度は『ダイビングインストラクター』というのがあると知って調べてみたら,これは人に教える仕事だけど,これも学歴はいらないみたいだったのです。もちろん,トレーニングや技術試験がとても大変そうでしたが,インストラクターになりたいという気持ちの方が強かったですね。
 インストラクターになるには,当時は今と違って初級コースや中級コースはあったのですが,上級コースは日本ではまだ開催されていませんでした。それで私はまだ初心者でしたが,インストラクターになるためのアシスタントインストラクターの試験を受けたのです。それから,日本赤十字社の水上安全法救助員の資格や,船舶の免許を取るなど,とにかく海に関係ある資格は取れるうちに取っておこうという感じで,生活費以外のお金は全部そのために費やしていました。
 そんなある日曜日,遊園地の『よみうりランド』へ子どもを連れて行った時に,『水中バレエ劇場』というのがあったのです。そこで踊っている人たちもすごかったのですが,ダイバーがタンクを背負ってお辞儀して舞台の袖に入っていったのを見て,「あの仕事なら私もできる」と,その足で楽屋を訪ねていきました。それで初めは見習いからですが,昼間は水に潜って,夜はお店で働いて,土日はインストラクターについて海でタンク持ちをする,といった日々が二年ほど続きました。
 実は,インストラクターの試験は私があまりにも未熟で一年目は落ちてしまったのです。トレーニングと勉強は自分でもよくやったと思うのですが,指導経験がないので人前でしゃべれず,授業ができなくて落ちてしまいました。悔しくて,翌年は指導するためのしゃべる訓練を一年間やって,それで二年越しでやっと合格できました。肉体的にはとてもつらかったですが,若さと体力と気力があったからできたのでしょうね。


“神様”ジャック・マイヨールとの出会い
 海に潜り始めた頃から,ダイバー仲間のおじさんたちからジャック・マイヨールの存在は聞いていました。「ボンベなしで百メートル潜る男がいる」と。でも,その頃はまだ,映画「グラン・ブルー」も公開されていませんでしたし,ジャック・マイヨールと言っても当時はほとんどだれも知りませんでした。後にインストラクターになって,彼のことを具体的に知るうちに,会いたいという気持ちが次第に強くなってきました。
 一九八九年に名古屋で開かれた,水中スポーツ指導員の世界組織『世界水中連盟(CMAS)』の世界総会に,ジャックがゲストで招待されました。私は一目会いたかったので名古屋まで行って,会場となった客船「富士丸」のラウンジで,白髪の老紳士が座っているのをとうとう見つけました。それがジャックでした。私は緊張しながら,「水中バレエの仕事をしています。ダイビングのインストラクターもやっていて,素潜りが好きです」と片言の英語で話しかけたら,ジャックはとても気に入ってくれて,彼と行動を共にするグループに私も加わることを許されたのです。
 以来,彼が日本に来た時にはずっと一緒に行動していました。ある意味では,年齢を超えて私はジャックに恋をしているような気持ちでした(笑)。とにかく素潜りでは,彼は本当に神様みたいな存在でした。トレーニングパートナーとして一緒に海に入ったり,陸で彼の潜水哲学を聞きながらヨガをやったりして,自然のエネルギーを取り入れるための呼吸法を私も身につけていきました。そうした経験が,私のフリーダイビングに関するベースになっています。


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