第36回 冒険家 風間深志さん

北極点まで約2千キロを走破したバイク。北極はふわふわ海に浮いている氷なので、極点にある氷は毎日別のもの
「好き」を仕事にする
 俺が乗っている野山を駆けるようなバイクは「オフロードバイク」と言われている。この「オフロード」という言葉を作ったのは,俺なんだ。バイク雑誌の編集者をしていた頃の話だ。「オンロード」という言葉はもともとあったけれど,「オフロード」なんて言葉はアメリカにもどこにもなかった。自分の好きな沼を草原を海岸を駆けることをなんて表現しようかと考え,「オンロード」のパロディとして「オフロード天国」というコーナーを雑誌に作ったんだ。言葉が生まれるには,熱がある。思いがある。タイヤを前と後ろ二つ付けただけで道なき道を行くチャレンジャーなバイクに,思い入れや夢を持っているから,アイディアがわいてくる。
 「こんなバイクに乗りたい」「新しいフィールドを開拓したい」目を輝かせながら,わくわくしながら考えると,雑誌で伝えていきたいことがいくらでも出てくる。だけれども「ページを埋めなくちゃ」「どうやったら売れるんだろう」というようなことばかり考えていたら面白いものなんて作れるはずがないと思う。
 好きなことを仕事にするのは大変だよ。歌手でもコックさんでも趣味を仕事にしている人はいっぱいいるよね。趣味が高じてお金を稼ぐ手段になり,プロ意識も育ってくる。趣味が仕事に生かせているのはいいけれども,仕事のために趣味を充実させなくてはと仕事が趣味を追い抜いてしまってはだめだね。その時点で趣味は楽しくなくなるし,仕事も行き詰る。ひたむきな挑戦する心が伝わると応援してくれる人も現れるだろうけれど,仕事屋で仕事しているだけだったら自分が損してまでサポートしてくれる人なんでいるわけがない。そうなるんだったら,趣味をなくす前に,趣味と仕事を分けて考えたほうがいいかもしれないね。そこに夢を持ち続けられるかが,好きなものを仕事にするべきかの分岐点かもしれない。


地平線には何があるのだろう
 会社を辞めて,本職のバイク乗りになったとき,自分の目標にしたのが「地平線」という言葉だ。世界中のあらゆる地平線を体験しよう,本物の地平線に出会おうと心に決めた。白い雪原の地平線に蒼い空だったり,砂浜から海そして水平線に溶け込むような空だったり,非常に単純な景色ほど人間を感動させる。
 だけれども,「本物の地平線」はいざ体験してみると,すばらしい感動を与える景色ばかりではなく,すべての人間を恐怖の底に落とし込むものだった。パリ・ダカールラリーの舞台であるサハラ砂漠,「サハラ」とはアラビア語で「褐色の無」という言葉で,その言葉の意味そのままの世界が視界の限り広がっていた。あらゆる生命を拒否する場所であり,生命体である人間が入り込むと,とてつもない不安感に襲われ,その恐怖から逃れるには同じ生命体であるオアシスを求めてよりどころにしていくしかない。そして,恐怖の隙間に,ただ広がる褐色の砂の世界の美しさに,全身で感動する。
 地平線が集約する場所として,北極点,南極点にも挑戦した。極点は地球上でいちばん宇宙に近い場所。一日という概念がなくて,一年に一回朝と夜が来る。行っている間はずっと昼間だったりするんだ。だからって「一日三十時間ほしかったんだ」なんて思うかもしれないけれど,そういう生活では生命が成り立たないんだ。極点で実感したのは,人間は地球と運命共同体で,一日は二十四時間,一年は三百六十五日と六時間,このペースで脈拍や呼吸など体すべてのリズムが成り立っているということ。だから一日中昼間の極点でも一日二十四時間規則正しく生活するように自己管理しなくてはいけない。動物も人間もすべての生命が,地球からは逃れられない。将来,火星に簡単に行けるようになっても,人間は火星に移住はできないと思うよ。
 なぜ冒険するのか,なぜ人生を夢にかけることができるのかとよく聞かれる。お金が儲かるからではないのはもちろん,自分が大きく成長していくとか,人から認められるとか,かっこいいとか,そういう何か利益がもたらされるからではないんだ。あらゆる打算の外に,求めてやまないひたむきな自分がいるから,力になる。躊躇がない。やることによって何かが生まれるからではなくて,やらなければ生きられない。「一千万円あげるからやって」といわれてもできない挑戦も,自分の夢なら立ち向かえる。夢を持つことのパワーって,大きいんだ。
 来年は,二十年ぶりに,パリ・ダカールラリーに挑戦するんだ。最近,挑戦から遠のいていたから,もう一度夢を見てこようと思っている。二十年も経ってサハラ砂漠も変わっているかもしれないけれど,夢を持つってことの大切さは少年でも中年でも八十歳になっても変わらないよ。自分が何が好きか,考える。理想をもち,それに向かっていくパワーを持っていたいね。


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