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今野敏・関口苑生

『潜入捜査』シリーズ完結記念著者インタビュー

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聞き手/ 関口苑生(文芸評論家)  写真/ 蟹由香
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今野敏(こんの・びん)
1955年北海道生まれ。上智大学在学中の78年に問題小説新人賞を受賞してデビュー。『東京湾臨海署安積班』シリーズ、『ST 警視庁科学特捜班』シリーズが好評。有段者でもある空手の描写を生かした武道小説、ハードボイルド、伝奇小説なども幅広く手がける。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。著書は『任侠病院』『ペトロ』『デッドエンド』『確証』ほか160冊を超える。

アクションも官僚も書く

――本書『終極』で《潜入捜査》シリーズが完結となりました。今改めて読み返してみますと、このシリーズはかなり画期的なことをあれこれと試みているような気がします。刑事や暴力団の描き方などもそうですが、まず何よりメインのテーマとなる「環境犯罪」という発想が図抜けています。

今野 これを書いたのは一九九一年から九五年にかけてでしたが、その当時は環境犯罪という言葉はなかったですね。最近はわりと普通に使われていて、確か警視庁のホームページにも出てきます。ひそかに今野敏オリジナルの造語だと自負してるんですが、誰も言ってくれないので自分から宣伝するようにしています(笑)。このテーマを思いついたきっかけですが、一番大きかったのは八九年の参院選で「原発いらない人びと」というミニ政党から私が立候補したことでしょうね。当時、環境問題と反原発というのは非常に密接に結びついていたんです。私自身も関心がありましたし、それで調べていくうちに環境破壊はそれ自体が犯罪であるという発想が生まれてきた。これがまずひとつ。それから環境を破壊するような犯罪行為、たとえば産業廃棄物の不法投棄だとか違法な森林伐採、野生動植物の不法取引など、そういう犯罪が全国で頻繁に起こっていることもわかってきた。しかもこれらの犯罪は、暴力団の手を借りることで地下に潜って反社会化し、凶悪化している部分もある。そうした問題意識が芽生えたのが大きかったと思います。

――その犯罪と真っ向から対決するのが、環境庁(当時)の外郭団体に出向させられた元マル暴刑事という設定も斬新でした。

今野 ぶっちゃけて言いますと、とにかく警察小説を書きたかったんですよ。というのは《安積班》シリーズという私が初めて書いた警察小説が、種々の事情から九一年に一旦終了する(二〇一二年現在はハルキ文庫にて継続中)ことになりまして、ほかに書く場がなくなってしまったんです。刊行していた版元が倒産したという現実的な理由もありましたが、それ以上にあの当時は、夢枕獏さんや菊地秀行さんに代表される派手な伝奇アクションのノベルス全盛期でしてね。残念ながら警察小説がつけ込む隙はまだなかったんです。事実、私に求められていたのもアクションものの依頼でしたし。でも、そうは言ってもやっぱり書きたいわけですよ、警察小説が。そこで、だったらそのアクションものの器を借りて刑事を出せるんじゃないかと考えました。

――なるほど。環境犯罪の背後には怖いお兄さん方がついているし、そうするとマル暴刑事の登場は自然ですからね。

今野 ただ実を言うと、私の小説で暴力団を正面から取り上げるのも、暴力団を完全なる敵役として描くのも、この作品が初めてだったんです。それでつい過剰に書いてしまったところはありますね。実際、《潜入捜査》のシリーズって自分で書いたものの中で一番えげつないかも、と思うことがあります。だって、いくらバイオレンス色が強いといっても、これは残虐なシーンが際立って多いでしょう。

――確かに今野さんの作品の中では異色かもしれません。一般の人たちに対するヤクザの仕打ちや暴行場面などは、ちょっと目を背けてしまいたくなります。

今野 多分、このとき私はね、環境犯罪というものに相当な怒りを覚えていたと思うんです。そこに加えて、普段から大嫌いなヤクザがこの犯罪に加担しているわけですよ。もう怒りの二重奏三重奏でね、なんだこいつらって、その結果ここに出てくる暴力団員が皆やたらえげつなくなっちゃった(笑)。

――でも一方の佐伯もかなりヤバいですよ。シリーズの最初のほうでは、ヤクザ狩りと称して平気で拳銃の引き金を引いて人を殺しちゃってますし。

今野 佐伯の場合は計算がありました。いくらヤクザが相手だからって、刑事が人を殺しちゃまずいです。殺していたのが異常だったんです。ここではそんな佐伯の異常さ、佐伯の屈折具合をまず最初に示しておこうと思った。なぜならこれは、その後の再起、再生の物語でもあるからなんです。そもそも佐伯の屈折は、暗殺者の血が流れているゆえに、警察官になる前から始まっています。警察に入ったのは、公然と暴力団とやり合うためだったというぐらいねじ曲がっていた。で、念願叶ってからは全力でマル暴刑事をやっていたにもかかわらず、あるとき突然「環境犯罪研究所」へ出向を言い渡され、マル暴としての自分の将来を絶たれてしまうわけです。そこでまたしても屈折がある。しかも出向先の上司が内村というわけのわからない人物で、彼が言うこともよく理解できずに屈折は続いていく。ところが、与えられた任務をやっていくうちに、内村の言うことは正しいんじゃないかと思えてくる。そこから徐々に佐伯の行動が変わっていき、後半になると積極的に自分から関与していくほどになります。戦っても、敵となる人間を問答無用で殺さずにです。
(中略)

《潜入捜査》シリーズにこめられた思い

――このシリーズは今野さんにとっても何か特別なもののような気がしてきました。

今野 いや、本当にそうなんです。最初に言いましたように、これは九一年から九五年まで続いたんですが、その途中の九四年に『蓬莱』という作品を書いているんですね。これが初めてのハードカバーで出た本で、作家としては結構エポックメイキングな出来事だったんですよ。ということはノベルス全盛の時代から、こうしたハードカバーになっていくちょうどその間の時期に書いていたシリーズだったんですね、これは。その意味でも本当に過渡期にあった作品のような気がします。

――言ってみれば、まだ熟成されてはいないけれども、この当時の今野敏の中にあった思いやら何やらをみんな詰め込んでいる作品であると。

今野 うーん、そうかもしれませんというか、そうですね。いろんなことを試していたのかも。アクション場面なんかでもね、結構工夫して書いた覚えがあります。佐伯が使う佐伯流活法という武術は、当時ちょっと話題になっていたある格闘技を参考にして、それに古武術など独自の技術を頭の中でこねくりまわして作ったものです。ところがね、この当時は書きすぎてしまうんですよね。アクションはやっぱりスパイスだと思うんで、最近はそんなに書き込まないんですが、この頃は思い切り盛ってます。アクションの描き方の難しさって、視点の問題があるんですよ。ひとりの視点で書いていると、相手がどんな技を使ったか本当はわからないはずですよね。自分が意図的にこういう技を使おうなんてことも、闘っている瞬間、瞬間では多分考えていない。それをどうやって描写していくか。

――ご自身が経験者だから楽なのではと、素人目には思ってしまいますが。

今野 つい闘っている相手の意図を書いてしまいがちになるんですよ。視点というのはこちらにしかない。相手が何をしてくるかはわからず、何をしてきたかしかわからないんで す。だけど、そこでこうしようああしようという相手の意図をつい書いてしまうことがある。そうすると視点の混乱が始まっていくんです。

――私が好きなのは、「相手の体がゆらりと揺れた。次の瞬間、いきなり頬に衝撃がきた」というような描写です。

今野 それしかないんです。自分がどんな痛みを感じているか、どんな衝撃を受けたかを書くしかない。そうやって自分のことは書ける。たとえ一瞬のことでも、相撲を見ていればわかると思いますが情報量は結構多いんですよ。立ち上がって、肩でぶちかまし、ついで右を差して、左を押っつけってね。アクションでも右を出して左で防ぎ、すかさず蹴りを放ってという具合に逐一説明していけば、それはそれで結構なボリュームになる。だけどそれが本当に面白いかとなると、また問題は別です。この頃は思いっ切り書いてますよね。今の私の目から見れば稚拙きわまりないんですけど、しかし気持ちはいい。

作家は炭鉱のカナリアだ

――ほかにシリーズ全体を通して思い出深いことなどはありますか。

今野 やっぱり『臨界』でしょうね。結局、原発の問題はまったく変わっていないということなんですよ、この二十年。放置されていただけ。八九年に立候補したとき、東京都内各地でもちろん訴えましたよ。あのときはまったく反応がありませんでした。演説会でも来てくれるのは内輪の人たちだけでしたね。これではどうしようもないというので、選挙カーの上で瓦割りまでしたもんです。そしたら、よりによってその場面を菊地秀行さんが見ていたというおまけまでついてきましたけど(笑)。まあ、何と言うのか目の前に危機が迫ってこなければ真剣に考えようとしないんです。今は福島第一原発の事故で世論が変わったと思いますが、時間がたって恐怖感が薄れ、政府が原発継続で動いていけばまたどうなるかわかりません。これは日本人の国民性という根っこの部分の問題なのかもしれませんけどね。ともあれ『臨界』を書いた当時と今と、どこか変わっているところがあるんだろうかと、興味深く見ていますよ。

――今野さんには、そんな時代を見る確かな眼というか、先見性が備わっているような気がします。

今野 小説家というのはあまねくそういうものです。作家は炭鉱のカナリアだ、と誰かが言っていたんですが、人よりも一歩先を行っていないと駄目だという。本当は一歩だと早くて、半歩だとヒットに繋がるというんですが、そんなのわからないですよ。でも私が思うには、半歩だろうが一歩だろうが書いちゃったほうがいいですね、作家は。最初に出たときは話題にならなくても、今回みたいに文庫になって出て、みんなに読んでもらえる。さらには反原発という今の時期にも合っている。やっぱり私の書いていたことは間違っていなかったんだと再認識もできます。

――本書『終極』についてはどうですか。

今野 これもね、ちょっと驚いたことがあるんですよ。
(この続きは『終極 潜入捜査』巻末にてお楽しみください)



本インタビューは『終極』巻末掲載分から抜粋いたしました。