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東川篤哉氏 鯉ヶ窪学園シリーズインタビュー「鯉ヶ窪学園の設定もキャラクターの名前も、 トリックを成立させるためなんです。」

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「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇」に登場する、国分寺の西恋ヶ窪緑地を案内してくださった東川さん。通称エックス山の愛称は、緑地内を走る小道がXの形をしているところから。  撮影/ 柴谷麻以
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涼と池上先生が張り込みをしたエックス山内の林にて。「執筆時よりも今のほうが、緑地内が整備されていますね」。
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鯉ヶ窪学園の“最寄駅”西武国分寺線恋ヶ窪駅改札前にたたずみ、第二シーズンの構想を練る。

東川氏の本格ミステリー人気シリーズの一つ、鯉ヶ窪学園シリーズ。高校二年の探偵部員たちが、校内外の事件をあざやかに(?)推理するユーモアミステリーを、学園という切り口で試みたインタビュー。東川氏からは、主人公や学園の謎についての発想が明らかに――。

※本特集は「ジェイ・ノベル」2012年11月号に掲載されたものの再録です。シリーズ短編第一話「霧ヶ峰涼の屈辱」の真相に触れておりますので、未読の方はご留意ください。

鯉ヶ窪学園の「鯉」の字に秘密が

――鯉ヶ窪学園の設定を最初に考えられたきっかけを教えてください。

東川 初登場ということで、「霧ヶ峰涼の屈辱」(「ジェイ・ノベル」2003年6月号)を書く時のトリックに、Eの字の形をした建物が必要になったんです。そうなると病院か学校でしょうけど、病院は書きにくいから学校になりました。当時、国分寺市の恋ヶ窪に住んでいたので、鯉ヶ窪学園という校名を思いついて、舞台にしようと思いました。
それからもう一つのトリック――主人公・霧ヶ峰涼の設定です。女の子なんだけど、男の子のふりをして出てきますね。どうしたら女の子に見えない表現ができるかと考えたら、野球好きということだったんです。女の子だったら野球の話をしないと思うから、野球好きでカープファンということにしてあるんです。さらに鯉ヶ窪学園初代理事長もカープファンで鯉の字を使っていると補強しています。結局、学園の設定というのは、トリックを成功させるためなんですよ。

――例えばその後、「霧ヶ峰涼の放課後」とか「霧ヶ峰涼の絶叫」各短編も同様の設定ですか。長編では、『学ばない探偵たちの学園』も。

東川 そうですね。学校だけにあるもので、トリックに使えそうなのは何かと考えました。「~絶叫」では砂場だとか、「~放課後」のプールや体育倉庫だとか、「ジェイ・ノベル」で執筆するたびに何かできないかと考えました。また、『学ばない~』では、校舎の窓から探偵部員が飛び出して木に引っかかる話にしたので、学園内に松の木やツツジの植え込みがあってと……。
ただ、学園内にどういう建物がいくつあるか、漠然とさせてあります。三階建の建物が三棟あるって書いたら、後で四階建ての建物が必要になった時に困りますから(笑)。だから、なるべく学園の全体像がわからないように書いています。

――脇役の登場人物もユニークです。それもトリックに必要だからということですね。たとえば「~放課後」に出てくる不良の荒木田聡史や、「~絶叫」の足立駿介も。

東川 荒木田を使ったトリックには、体育倉庫で煙草を吹かす不良が必要ですから。ただ、今どき体育倉庫でたばこ吸う不良っていないですよね(笑)。そこがいいなあと思いました。足立駿介の場合も、砂場でのトリックを成立させるため、自称スーパースターでそそっかしい人が必要だったからです。

――「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇」の池上冬子先生もですか。

東川 今どきUFOを信じてる人はあんまりいないですよね。ただ、これはUFO騒動の話しにしたかったんです。鮎川哲也先生がご存命の頃に読んでいただきたいと、トリックは一〇年くらい前に考えていました。ところが、いざ書こうとするとUFOにまつわる話と言うのは書きづらい。そこで池上先生のような、UFO愛好家というキャラクターがいることにしたら、わりとすんなりいったんです。トリックのために、人物がいるとやりやすいということなんです。

――高林奈緒子はどうでしょう。「霧ヶ峰涼と見えない毒」に登場して以降、よく涼と行動しますね。

東川 第一話は、顧問の石崎浩見先生が探偵役で謎を解くんですが、全話そうすると石崎先生の事件簿になっちゃいます。かといって霧ヶ峰涼は探偵部副部長とはいえ、いつも謎を解くタイプでもないから、毎回別な人を探偵役にしないといけない。そこで、涼の友達である奈緒子が謎を解く話が一回あって、その後もちょくちょく出てくるということにしました。

――石崎先生のキャラクターはどこから思いついたんですか。生物室でビーカー珈琲を作ったりしますが。

東川 まあ最初は誰でもよかったんですけど(笑)。生物の先生だから、職員室でなく生物室、つまり自分の部屋にいて、一人の空間があってもおかしくないということです。

――石崎先生は探偵役として存在感があり、三馬鹿シリーズ(2004年刊『学ばない探偵たちの学園』、2006年刊『殺意は必ず三度ある』)の方にも登場します。

東川 多摩川流司探偵部部長、部員の八橋京介、赤坂通――この三馬鹿の方には、ほかに探偵役にふさわしい人物がいないですからね(笑)。

――霧ヶ峰、多摩川、八橋、赤坂、祖師谷大蔵警部、烏山千歳刑事など登場人物の命名に地名などが多いのはなぜですか。

東川 霧ヶ峰涼の場合はエアコンの名前からなんですが、女の子じゃなさそうな名前を探していた時に、電車の中で<霧ヶ峰>の広告を見て、これはいけるんじゃないかと思いました。その他の人物ですが、僕の他の作品でも地名が名前になっている人がけっこういるんです。地図とか見ながら名前を考えたりすることがあるものですから。

シリーズ注目、時系列の真相

――2003年、霧ヶ峰涼の短編第一話が書かれ、2004年に長編三馬鹿シリーズがスタートするわけですが、三馬鹿の方に涼を登場させなかったのはなぜですか。

東川 霧ヶ峰涼が女の子だったというどんでん返しが第一話になりますね。ただこの時は「ジェイ・ノベル」だけの短編発表段階で、読んでる人はきわめて少ないでしょう(笑)。2004年では霧ヶ峰涼シリーズがまだ本になってなかったので、三馬鹿シリーズに彼女を出しても誰だかわからないでしょうから、伏せる必要があったわけです(編集部注:現在は2011年2月刊行の『放課後はミステリーとともに』に収録)。

――『学ばない~』と『殺意は~』は、涼の事件とは同じ時系列で起きているわけですか。

東川 並行して起きているはずなんですけど(笑)、そういう風には書いてないので、別世界のように見えなくもないですね。 「ジェイ・ノベル」2011年8月号から継続中の第二シーズン「霧ヶ峰涼の学園祭騒動記」では、文化祭ですからね。やはり部全体として活動していますので、四人を総登場させました。

――同じ鯉ヶ窪学園で、長編と短編の方法論や書き分けの違いなどは。

東川 『学ばない~』など長編を書いた当時も今もそうですけど、長編の書き方は難しいですね。ただ一応パターンがあって、まず最初に事件があって、何か手がかりや容疑者が出てきて、第二の事件が起きて、というようなオーソドックスな形を踏襲して書いているように思うんですけど。

――長編の方が、学園生活が多く書かれていますね。主として多摩川がかきまわしていますが(笑)。

東川 短編の場合は、事件だけで枚数に到達しちゃいますから。長編の場合、400枚とか500枚とかあるので、事件以外のことも考えて学園の世界をふくらませないとならないですね。

――結末を決めてから書かれるんですか。

東川 そうです。事件の謎が冒頭にあってその解決が最後にあるとして、中盤の展開をどうするかですね。書きながら考えますけど、その中盤に、手がかりなどはもちろん、学園のドタバタ要素を入れたりします。

――長編の場合、結末を決めても、書いていて違う事態になることはありますか。

東川 『学ばない~』は第二稿で大幅に結末を直しました。第一稿では、結末の密室トリックはなかったんですが、そこを付け足して書きましたね。実は第一稿では涼もちらっと出していたんですが、先の理由により、第二稿で取りました。

――トリックはどうやって、どんな場所で思いつくのでしょう。

東川 なにかひらめくんですね、場所はどことは限らないんですけど。テレビを見ていたりとか、新聞を読んでいる時とか、他の人の作品を読んでいる時とか。なにで思いつくか分からないですけど。これは使えそうだなと思った時にメモしてますね。ただ、常にアンテナを張っているっていうわけでもないんですけど。

――鯉ヶ窪学園シリーズの中で、トリックを思いついた時のエピソードがありましたら。

東川 「霧ヶ峰涼の絶叫」の砂場の事件。本当かどうか解らないですけども、イギリスで庭師が庭を掃除する時に、あることがもとで怪我する事件がたまに起きるらしいんです。これをテレビで放送しているのを見て使えると気づきました。
「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇」のトリックは、雪の日に思いついたんです。あの足跡のトリックは雪の上で使えるものとして。実際に書いたら、エックス山近くの畑になりましたが。

名前からして、ライバル登場

――日常生活からヒントを得るようなこともあるんですね。

東川 特に日常で面白い人がいるなあと注意して見ているわけでもなく、ふとした瞬間に思いついたりします。締め切りがあるから何かないかなーと考えたりする瞬間とかですね(笑)。第二シーズンといえば、「霧ヶ峰涼の学園祭騒動記(ミスコン篇)」のトリックは、大金うるる(ダイキンエアコン)という女子高生の名前が先行していたんです(笑)。なかなかないですね、名前が先行していたトリックなんて。

――まさにそこで、鯉ヶ窪学園ミステリー研究会の大金うるるというライバルが登場してきましたが、今後の展開はどのような感じでしょうか。

東川 霧ヶ峰と大金。同じエアコンの名前同士、いかにもライバルという感じで前からいたということにしたいですね。ただ第二シーズンはだからと意識せずに、第一シーズンからのレベルは維持できるようにと思ってます。今後の展開としてはまだ、アイデアはないですね(笑)。

――三作とも好評ですが、それに対してあらためて思うところはありますか。

東川 僕の代表作だと思っている『放課後はミステリーとともに』はともかく、三馬鹿シリーズをこんなに読んでもらえるとは思わなかったので驚きましたね(笑)。運がよかったのか、売り方がよかったんでしょうか(笑)。

――全シリーズ中で好きな話、思い入れの深い話がありましたら。

東川 第一シーズンの「霧ヶ峰涼の逆襲」は、気に入ってますね。評判もよく、本格ミステリ作家クラブのアンソロジーにも取り上げていただきましたし。あとはやはり、「~絶叫」の足立駿介のキャラクターはわりと好きですね。ミステリーとしてはまあ、あれなんですが(笑)。

――探偵部員や学園の生徒たちが行きつけの喫茶店<ドラセナ>のメニューで食べてみたいものはありますか。うなぎレタスバーガーとかいかがでしょう。

東川 まずそうだなあ(笑)。

――<ドラセナ>やお好み焼き<カバ屋>など、学校のそばの店のイメージはどこからきたんでしょうか。

東川 僕が山口県の高校生だった時、学校近くにあった駄菓子屋さんのお店のおばさんがカバに似てるからって<カバ屋>って呼ばれてたんですよ(笑)。<カバ屋>は、そこから名前をもらいました。ごめんなさい。

――いかにも高校生が行く店という雰囲気ですね。

東川 探偵部の部室がなくて(『学ばない~』冒頭)、会話や推理がしづらいから、たまたま<ドラセナ>や<カバ屋>が部室代わりなんですね。今後も部室はない設定でいきます。今さら部室を持ってもねえ(笑)。

――第三シーズンのことは考えていますか。

東川 第二シーズンもあと三話ですね。ここで二年生の副部長・涼が三年生になって、三年生の多摩川部長は卒業ですね。霧ヶ峰三年生編は面白いですけど、今後はまだ何も考えていません。
現実問題として、学園物って二年生が一番多いですかね。一年生は周りが先輩になるから自由に動けない。三年生は受験勉強とか忙しくて、主人公には出てこないような気がします。多摩川を三年生にしたのは、ああいう偉そうなキャラクターだからですね。ただ、現実に受験勉強もしないでおかしいですね(笑)。鯉ヶ窪学園はエスカレーター式に大学に行ける付属高校じゃないんでしょうか。


東川篤哉(ひがしがわ とくや)
1968年広島県生まれ。岡山大学法学部卒。2002年カッパ・ノベルス新人発掘シリーズ『密室の鍵貸します』でデビュー。ユーモア本格推理の書き手として評価を得て、2011年『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞を受賞。近著に『はやく名探偵になりたい』『中途半端な密室』『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』など。