窪 美澄 with 宮下奈都 with 椰月美智子 Special Talk 「子ども、仕事、 わたしと小説」(第二回)

2012.08.30

小説を書きはじめた理由

椰月: 二十代後半の頃に、元カレと飲む機会があって、お互いの仕事の愚痴を言い合ったことがあったんです。そのとき私が、「こうなったら小説家にでもなろうかな」って、何の気なしに言ったんですよ。そうしたら彼が「みっちゃんならなれるよ」って言ってくれて、私もなぜか「なれるんだ!」って妙に確信的に思ったんです。それで書き出したんです。

窪: 本当になっちゃってるのは、さすがですよね。そのとき、どんなお仕事をされてたんですか。

椰月: 実家の介護関係の仕事を手伝っていました。職業柄、他人の家庭事情にも踏みこんでいかなければならず、どんどんストレスが溜まっていって……。

窪: プロの人なら仕事と割り切って話を聞いていられるけど、椰月さんは、真剣に聞けない自分にイライラして、葛藤しちゃったんじゃないですか。

椰月: うん、そういうこともあるかもしれない……。そんなときだったんで、書くことで生活を変えられてよかったです。

宮下: ときに、その元カレっていう人はいま? 「椰月美智子があるのはオレのおかげだ」みたいなことは言ったりしないですか。

窪: ツイッターで書いたりとか(笑)。

椰月: 言わないと思いまーす。

宮下: それはいい男じゃないですかー。彼は、自分の発言がきっかけで、って知ってるんですか?

椰月: その後に会ったときに伝えましたけど、とくに感動してない様子でした。

宮下: 言ったことは覚えてるのかな。

椰月: 覚えてなかったみたい(笑)。ほんと適当に、ノリで言ったんだと思います。

窪: でもきっと椰月さんには、何か「気配」があったんですよ、作家の種みたいなものが。普段の話が面白いとか。

椰月: そうなのかなあ……。そのときはまず応募作を書いて、公募ガイドを買って、締切に間に合うようにいくつかの賞に出したんですが全部落とされました。五年続けても駄目だったらやめようと思っていて、二年目に別の作品を書き上げて公募ガイドを見たら、時期的にちょうどいいのが、「講談社児童文学新人賞」の募集だったんです。児童向けに書いたものではなかったんですが、タイトルが『十二歳』だから、まあ大丈夫だろうと思って出したら、うまくいったんですね。ほんとラッキーでした。それが十年前です。

宮下: いや、いや、二年目で受賞って、すごいわ。ほんとは彼、「オレのおかげだ」「『恋愛小説』ってオレとのこと書いたんだよ」ぐらい言ってるんじゃない? 椰月さんが知らないだけで。

窪: 飲み屋とかで(笑)。

椰月: 全然ちがうしー! 言われてたらちょっとイヤ(笑)。

――では、窪さんはいかがでしょうか。

窪: 私はライターをしていたし、多分、文章を書いて食べていくことしかできないと思ってたんですけど、私が仕事をしていた女性誌や妊娠雑誌では、五十歳を過ぎてもライターをなさっている方があまりいなかったんです。自身は閉経を迎えようとしているのに、妊娠や出産について書くのも、私自身は、違和感があって。それで、三十五歳の頃に小説を書いてみたのがはじまりです。
最初書いた小説のタイトルに、マゼンタっていう言葉を使ったんですね。特殊な言葉なので、類似タイトルがほかにないか検索したんですよ。そしたら、「女による女のためのR‐18文学賞」の第一回の大賞を取られた日向蓬さんが『マゼンタ100』をお書きになっているのに行き当たり、すぐこの賞に応募したんです。そのとき一次に残ったんですけど、逆に、残ったから読める水準のものは書けるんだと思って、六年ぐらい放ってたんです。夫婦関係が揉め出したり、ごちゃごちゃしていたんで。でも、いいかげん本気出さなきゃ、と奮起して応募したのが「ミクマリ」です。四十二歳のときですね。

宮下: 自然に小説にスライドしたっていうよりは、ちゃんと頭で考えて、計算してきたんですね。

窪: それで食べていくんだ、っていうことからはじまったんだと思います。結局はお金、お金ですよ(笑)。小説を細々と書いていければ、ライターと両輪で、取りあえずは食べていけるかなと、そういう計算です。すごいギャンブルだと思いますけど、そうするしかなかったので。

椰月: そしてそうなってる! お金ということでいえばね、私、働くっていうのが好きなんです。余った時間があったら働きたい。収入を得たい、何かを生産していたい、そういうタイプです。だから会社勤めしてた頃も、仕事が終わったらバイトに行ったりしてました。

宮下: 仕事のあとに、また別のバイトするの?

椰月: 家でだらだらとテレビ見てるくらいなら働こうって。選ばなければ、仕事ってあるじゃないですか。だから、自分が健康であれば、食べていける自信はあります(笑)。

宮下: それなのに小説書いてるっていうところがすごいですね。ほかのどんな仕事でも食べていける自信があると思っていて、それでも小説書いてるわけでしょう。小説ってそんなに時給いいわけじゃないじゃない。

椰月: えー、レジ打ちよりはよくない?

窪: 一時間座っていても上がりがゼロということも、時給一〇〇円みたいなときもありますよ。

椰月: そっか。いまは私も、だんなの収入がありますしね。一人だったら、子どもを養うためにもっとがむしゃらに書くかも。小説をがんがん書いて収入を得るか、小説やりながらバイトする。それか、見切りを付けて別の仕事を――

宮下: 見切り付けないでよ(笑)。

椰月: でも何とかなる気がしてしょうがないんですよね、お金の面に対しては。

宮下: 素晴らしいわ。

小説は「商品」という意識

宮下: ライターと小説の仕事っていうのはやっぱり違いますか?

窪: 違うように見えるんですけど、読み手がいるという意味では同じですね。書きたいことを書いても、読みたい人がゼロだったら、その作品は存在しないのと同じですから。やっぱり書いたならたくさんの人に読んでほしい。その反応がよくても悪くても。
また、書いたものは「作品」でもあり「商品」でもあるっていう意識は、小説を書いていて常にあります。商品の要素があるなら、たくさんの人に買ってほしい。商売人の家で育ったので、すぐそう思っちゃう。たくさんの人に買ってもらうために必要な要素が何なのかは、真剣に考えちゃいますね。自分が書きたいものも、もちろんあるけど、常にお客さんを意識してる。お金と商売です(笑)。

椰月: 見習いたい。本当にそうだと最近ようやく思い至りました(笑)。

――小説を書きはじめてからライターのお仕事は。

窪: やっていますよ。ライターの仕事って、普通に生きているだけでは会わない人に会えるんですね。なので、細々と、ずっと続けていく気でいます。

――では、宮下さんの場合は。

宮下: 八年前、いま小二の娘がおなかにいるとき、上の二人の男の子は四歳と二歳で、手が掛かってしょうがなかったんです。もう一人生まれたらてんやわんやだろうな、私の人生は全部子育てで塗りたくられるんだわ。だったらいま、何かやっとかないと、っていうのが、直接のきっかけです。「作家になりたい」と思っていたわけじゃないのに、いま書かなかったらもう一生書けないだろうとなぜか強い焦燥に駆られまして(笑)。
出産予定日が七月一日だったんですよ。ちょうど文學界新人賞の締切がその前日の六月末日で、これならこの子が生まれるまでに間に合う、と思ったんです。ところが、書いていくと、予想をはるかに超えて楽しくて、楽しくて。「書くのってこんな楽しいんだ!」って。結局そのときは間に合わなかったので、次の締切で応募したものが文學界新人賞の佳作に選ばれて、ポツポツと注文が来るようになりましたね。

窪: ポツポツだとしても、産後、オーダーに応えていくってすごくないですか。

宮下: 私が佳作をいただいたときに新人賞を取られたモブ・ノリオさんが、そのまま芥川賞も取っちゃうんですよ。そうすると、もうモブさんの話ばっかり、私は忘れてもらえて。乳飲み子抱えてるのに、「じゃあ、書いてください」って言われても、多分応えられなくて、焦って大変だったと思う。

窪: いやー、授乳中って、文字とか計算に頭が行かないですよ。母乳から、赤ちゃんにそういう能力を吸われてますよ。

宮下: 三カ月ぐらいまでは無理ですよね。担当者も、書けたら見せてください、って感じでいてくれて、私にとっては都合のいい状況でした。だから、最初の年は超スローペースで短編を二本ぐらいしか書いてない。でもそれもすごく楽しく書けました。

窪: 書いているときは、違う自分の世界があるんですよね。

宮下: あの楽しい気持ちは、ちょっと、ほかでは得られなかったものですね。

――デビューされて、小説を書いて暮らしていくようになって、一番、大きく変わったことは何でしょう。

作家になって変わったこと

宮下: 私は、書いていなかったとしたら、その生活を「あ、想像できないわ」って思ったんです。書く前の三十六年間の人生があったはずなのに、書かずに生活している自分がどうなっているのか、分かんない。

窪: ナチュラル・ボーン作家!?

宮下: 去年出した『田舎の紳士服店のモデルの妻』の主人公が専業主婦なんですけど、その彼女が、何をよりどころに、どう生きているのかを、どのように書けばいいか、途中で本当に分からなくなってしまって。最初は、自分のことを考えればいいやと思ったのに、小説を書いてない自分が想像つかなくて……。

椰月: 子どもを産むまではお仕事をされてたんですか。

宮下: 結婚前は働いてたけど、以後は専業主婦でした。でも、家事が大好きでおうちで充実して、っていうわけでもなかったんです。子どもが生まれてからは、もちろん満たされてはいたんだけど、何かちょっと足りない感じがいつもあったんですよね。書かないままだったら本当にどうなってたんだろう、って思いますね。

――窪さんはいかがですか。

窪: 小説って、基本は自分の頭の中の妄想じゃないですか。それに一日を費やしてる罪悪感。お金をもらうために書いてるんですけど、相反して、それで食べてる、っていう部分に対しての罪悪感が、ちょっとあるかもしれないです。
それに、最初に驚いたのは、たとえば自分の小説の中にコバヤシって人がいたら、編集者が「コバヤシくんって」とか言うじゃないですか、まるで実在の人物みたいに。

宮下: あ、そう、そう、そう、そう!

窪: 「コバヤシくんのここのとこなんだけど」と言われて、すごいショック――というかびっくりしちゃったんです。

宮下: ここにいるのか! って。

窪: それから、ライターの仕事って、編集者やカメラマンたちとチームを組んでやりますけど、作家って本当にひとりですよね。担当編集者がいても、書くのはひとりなので、その世界でギアを入れたり、運転をしていることが、ものすごく怖かったり、不安なときがありますね。

椰月: 私はね、小説を書いてる人ってすごい人、本屋さんに本が並んでるのは、すごい作家大先生、って思ってたんです。でも自分が本を出して、こうやってひょいっとそっち側に行けたら、実はそんなことなかった(笑)。そこも実は地続きで、いままでと同じ世界が広がってた。全然遠く懸け離れていなくて、ちょっとしたきっかけで、自由に行けるものなんだなあっていう驚きがありましたね。

宮下: 分かる! 私、子どものとき、絶対になれない職業ってあると思ってたの。作家もそのひとつ。でも、いまうちの子どもは母親が作家だから、作家が特別とか全然思っていない。ほかの職業に対しても、もちろん全部じゃないけど、自分がなりたいものに対して垣根を作ることはないんだっていう。職業選択の自由、みたいなものが増えたっていうことじゃないかしら?

椰月: そういうことも含んでますね。窪さんはライターをやってらしたから、こういう世界は身近に感じていたかもしれないですけど、私には考えられなかったの。雑誌に載っていることは遠い世界のこと。たとえば今日みたいに、宮下さんや窪さんと会うなんてことも、あり得ないと思ってたから。

窪: でも、その遠かった世界に、椰月さんが自分でバーンと入ったんでしょう。そういう力があるんですよ。遠かったものを遠くしなかったのは椰月さんだから。

宮下: そうですね。ひょいっと自分で垣根を越えてきたんです。

窪: 公募ガイドを見ても、多くの人がそのままになってしまうと思う。締切をちゃんと意識して、応募作を終わりまで書き切れることは少ないですよ、多分。椰月さんも宮下さんも、認められるものを書いて、バンバンってドアを叩いたから、そのドアが開いたんですよ。

椰月: 窪さん、いいこと言うなあー。

――椰月さんはお子さんが生まれる前にデビューされましたが、お子さんを産んで、書き方は変わりましたか。また、お子さんとのやりとりから物語が生まれることはありますか。

椰月: 一人目を産む前に書いた『しずかな日々』は小学校五年生の男子が主人公で、このときは、自分がその年齢の頃を思い出して書きました。たとえば子育てのことを小説に書くとして、産む前には多分、はたから見たイメージだけで書いちゃったと思うんです。でも、産んでみて当事者になって初めて分かることはとても多くて。この連載では、主人公の息子が四歳ですけど、いまだからきちんと書ける部分がたくさんあります。
私、いろんなことをすぐ忘れちゃうんですよ。子どもが一歳の頃のこととかまるで覚えてなくて、いま目の前にいる四歳と二歳がやってること、そのままを書いちゃってる感じはあります。

宮下: 私は、子どもを見ていて、子どもに対して感じたこと、そういう気持ちを小説のどこかで書くことはあると思うんですけど、やりとりそのもの、それ自体から話が生まれる、っていうことはあまりないですね。

窪: うちの息子は高校生だから、彼のほうからぺらぺらしゃべらないし、直接の会話も少なくて、それをどうにか、ってことはないんですけど、若い男の子を小説に出すことが、私は結構多いんです。そこには、「こういう人になってほしい」という息子への願いが、うっすらとはあるかもしれないです。つまり、逆ですよね。小説の中で、この子、すごいばかだけど、最後はちゃんとなってほしい、みたいな描写になっている部分は、息子に言いたいこと、やらせたいことを書いているんだと思います。別にその、「ミクマリ」で書いたような、コスプレでセックスしてほしいとかはないですけど、そういうことについても、肯定感を持ってほしい、ってことかもしれないですね。

書きながら着地点をさぐる

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※本特集は『紡Vol.4』の掲載記事を転載したものです。