可愛いベイビー
銘和乳業課長のわたし(川村晶子)は、周囲の賛否両論を乗り越え38歳にして14歳年下の児島くんとの結婚を決意。お互いのキャリア、生活、家族の理解……まだまだたくさんの問題が山積みのなか、わたしの体にある予兆が……? “年下”シリーズ完結編。

五十嵐貴久<5月の新刊によせて>『可愛いベイビー』 前進する二人の勇気

2014.05.30

まずは『年下の男の子』について語らなければならないでしょう。

あ、『年下の男の子』は2011年に、及びその続編『ウエディング・ベル』もこのたびめでたく文庫になりまして、ただいま絶賛発売中でございます。ぜひご一読ください。

さて、『年下の男の子』というのはどういう話かといいますと、タイトル通り37歳の晶子さんという女性が、14歳も年下の児島くんという23歳の男の子に好意を示され、だけどそんなの現実的に無理だよねと思いつつ、だんだんと彼に惹かれていく様子を、自分で言うのもなんですが、ユーモアたっぷりに描いた小説です。

そんなアナタ、無理がありすぎですよ、とツッコミを入れられそうな設定であることは百も承知なのですが、わたしはこの設定について自信満々でした。というのも、晶子さんと児島くんにはリアルなモデルがいたからなのです。

わたしの友人の一人に、晶子さんという女性がおります。これはリアルな名前で、字も一緒であります。年齢的には三十代後半、まあ、アラフォーですね。職業はグラフィックデザイナーという人で、なかなかの美人でございます。
この人が恋多き女性でして、わたしはしょっちゅうその恋バナを聞かされたものであります。

そんなある日のこと、いつになく真剣に彼女が現在進行形で進んでいる恋愛について語り出しました。
小説のストーリーとまったく同じなのですが、23歳のサラリーマンと知り合い、交際を申し込まれたというのです。
晶子さんとしてはどう思ってるのかと聞くと、まんざらでもない感じだといいます。だけどひとつ問題がありました。彼女は彼に自分の年齢を伝えることができていなかったのです。

ぶっちゃけ、友人だから言うのではありませんが、晶子さんは実年齢より若く見えます。二十代後半といえばそれで通用する可能性も十分にあるような、そんなルックスです。
しかし実際には三十代後半、彼との年齢差はひと回り以上。正直にホントのことを伝えた方がいいのか、それとも隠し通してつきあうべきなのか?

もちろん、これはプライベートな相談です。内密にするべき問題です。
しかし実際話を聞きながら、ズバリ言ってこれは面白いと思ってしまいました。
わたしはどちらかといえば頭の中で小説のストーリーを組み立てていくタイプで、こんなにダイレクトに小説のヒントをもらったことはなかったので、少々混乱してしまったほどですが、とにかく、これはネタになると思いました。
あとはおとしどころを考えるだけのことです。わたしもいろいろお仕事させていただいておりますが、これほど楽しく小説を書いたことはありません。

さて、そんなふうにして『年下の男の子』の連載が終わりました。終わって思ったのですが、その後の晶子さんと児島くんはどうなったのでしょうか。
二人はその後も順調に交際を続けていけたのか? 周囲は二人のことをどう思っていたのか? そして結婚というゴールは見えたのか? 果たしてウエディング・ベルを鳴らすことはできたのか?
気になるポイントは山のようにありました。二人はさまざまな問題をどうクリアしていったのか。

ちなみに、リアルな晶子さんと児島くんは、紆余曲折あって、結局は別れてしまったということでした。それが現実なのだ、と言われたらそのとおりなのでしょう。
ですが、それでは寂しい。寂しすぎる。もうちょっと何とかならないのか。
そんな思いから書いたのが第二弾『ウエディング・ベル』でした。

小説の中で、相変わらず晶子さんは仕事を続けております。しかも今までいた広報部から宣伝部へと異動し、ますます忙しくなっております。
児島くんも同様で、彼が社会人になってから約一年が経ち、仕事にも慣れ、さらに会社から(まあ、小さい会社なんですけど)数人の社員が辞めたこともあり、これまた忙しくなっている。

そんな二人が交際を続けていけるのか。仕事のプレッシャーもあります。周囲の反対(特に親ですね。晶子さんの父親は二人の交際を大反対しております。その他の親族関係も、やはり消極的にですが反対している立場を取っています)もあり、その意味でもプレッシャーがある。
しかし、時間はどんどん過ぎていく。晶子さんも38歳、単なるおつきあいというのならまだしも、結婚というゴールに対してはほぼラストチャンスであります。さて、いったいどうなることやら。

こういうストーリーをわたしは考えていたわけですが、リアルとフィクションの境目というのは非常に難しくて、どこで線を引くべきなのかよくわからないまま書き進めることになりまして、中途半端にマジメな話になってしまうという、それでいいのか状態になったのですが、まあそれは良しとしましょう。

というわけで第三弾『可愛いベイビー』では、もうとにかくあの二人を何とかするんだ、というところから始めましたので、まあ何とか形はついたかなと思っております。予想外だったのは晶子さんがなんだかキャリアウーマン的になっていたことで、最初はそんなひとじゃなかったでしょ、とツッコまれそうですが、人間は変わるということで、お許しください。

というわけで、『可愛いベイビー』の中で、晶子さんと児島くんは確実な一歩を踏み出しました。本人も心の中でつぶやいているように、だからうまくいくという保証はありません。より事態を複雑にしてしまう危険性もないとは言えないのです。
ですが、二人はあえて行動に打って出た。何もしない、アクションを起こさない今のままでは事態に何の変化もない。ずるずると時間が経っていくだけだ。
明確な意志を持って、二人は前進します。そんな二人の関係は周囲に理解してもらえるのでしょうか。

そんなこんなが『可愛いベイビー』の内容でございます。正直言って、今文庫になっている『年下の男の子』及び『ウエディング・ベル』を読んでおかないと、やや理解不足になるでしょう。作者からのオススメとしては、まず文庫『年下の男の子』をお読みになっていただき、その上で『ウエディング・ベル』を読み、そして本書『可愛いベイビー』を読んでいただくというのが、面白さを二倍、三倍にするコツかと考えております。

ともあれ、愛するわが子に弟ができ、さらに妹まで生まれました。今、そんな思いで胸がいっぱいです。楽しんでいただけたら、それ以上に嬉しいことはございません。読んでいただけたらと思います。よろしくお願い致します。

※本エッセイは、月刊「ジェイ・ノベル」2014年6月号に掲載された原稿を転載したものです。

【著者プロフィール】
五十嵐貴久(いがらし・たかひさ)
1961年東京生まれ。成蹊大学卒業後出版社勤務。2001年『リカ』でホラーサスペンス大賞を受賞してデビュー。警察サスペンス、時代小説、青春小説、家族小説など幅広い分野を手がける。近著に『キャリア警部・道定聡の苦悩』など。