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本屋さんの読書日記 [文信堂書店 CoCoLo長岡店 神保幸弘さん]

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月刊J-novelで連載している人気コーナー「本屋さんの読書日記」。毎月、全国の書店さんに最近読んだ中でオススメの本を紹介いただきます。今回は文信堂書店 CoCoLo長岡店 神保幸弘さんの登場です。

文信堂書店 CoCoLo長岡店 神保幸弘さん
「久しぶりに会う親戚のような名著たち」

○月○日 大泉黒石『黄夫人の手』(河出文庫 798円)
私は本屋の親父である。本屋のくせにほとんど本は読まない。常連のお客様には「本屋ってのは実は本の事なんぞ何も知らんで商売してるもんでさあ」と嘯いてはいるが、内心、当然のごとく、本は大好きである。惚れたものにはあまり近づきすぎてはいけない。触れた途端に魔法は解けてしまうもの。時々思い出したように顔を見にくる遠い親戚のような距離で「元気か」とページをめくるのがいい。久しぶりに手にとった本、大泉黒石『黄夫人の手』。初の文庫化、と帯にある。快挙である。著者は大正時代のベストセラー作家。すでに忘れられた存在である。息子は大泉滉。よく似た親子である。こちらもすでに忘れられた怪優かもしれない。妖気の漂う、ほとんど際物の怪奇小説。洗練から程遠いかもしれないが、とてつもなく旨い、しかし臭気の強い食物を一気喰いした後の感覚。臭いがとれない。どうしよう。

○月○日 犬塚弘『最後のクレイジー 犬塚弘 ホンダラ一代、ここにあり!』(佐藤利明との共著 講談社 1575円)
昭和は遠くになりにけり。高度成長期のニッポンで一世を風靡した日本最強のコミックバンド「クレイジーキャッツ」の唯一の存命メンバー、犬塚弘氏の『最後のクレイジー 犬塚弘 ホンダラ一代、ここにあり!』。昔バンドマンの真似事をしていた本屋の親父にとっては、笑いと涙の名回顧録。若い仕事仲間から、昔ミュージシャンだったんですか? ときかれたら「僕は今でもクレイジーキャッツのベーシストだよ」と答えるという。喜びも悲しみも共にしたかつての仲間がすべて他界した現在、この言葉は私の中の何かに響く。彼は今でも、精神的にはかつての仲間と演奏を続けているのだ、と思った。「今、すごく忙しいけど、いいこともつらかったこともすべて根に持っておこうな」全盛時代に植木等が言ったという言葉。そうだ、その通り、仕事忙しくて何がなんだかわけわかんなくて毎日生きてるけど、自分もそうしようと思った。それは絶対、自分にとってかけがえのないものになる。

○月○日 武藤浩『ビートルズは音楽を超える』(平凡社新書 819円)
バンドマンくずれの本屋の親父としては、ビートルズ関連の新刊が出るたび、店出し前に必ずチェックを入れる習性がある。英文学者の武藤浩史氏の新刊『ビートルズは音楽を超える』は、とてつもなく面白い。御本人も、ビートルマニアでもなく専門外の自分がビートルズを語るのはおこがましいかもしれないが、と言いながら、英文学者の視点で語るビートルズ論は新発見続出。著者御本人が楽しんで書いているのが伝わってくるから、読んでるこちらも楽しくなってくる。

○月○日 塩澤幸登『雑誌の王様 評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス』(河出書房新社 3150円)
本屋の親父は昔話が好きである。戦後、焼野原の何もないところから始めて、多くの困難にぶちあたり、勇敢に、時には弱気に、すっころびながらも立ち上がり挑み続ける先人達の話を、私はいつも目頭を熱くして読んでしまう。時代を創った雑誌、「平凡」、「平凡パンチ」、その舞台裏を当時の現場に関わった著者が、綿密な調査を経て築き上げた、熱き大作。



※本レビューは月刊J-novel 2013年9月号の掲載記事を転載したものです。