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あさのあつこ

『花や咲く咲く』・刊行記念 「戦時下でも現代も、輝き悩む少女を描きたい。」─あさのあつこ インタビュー

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初めて太平洋戦争という時代に挑んだ、あさのあつこさん。戦時下の青春を描いた理由は──
取材・文/ 関美奈子  撮影/ 泉山美代子  イラストレーション/ 田尻真弓
 『花や咲く咲く』・刊行記念 「戦時下でも現代も、輝き悩む少女を描きたい。」─あさのあつこ インタビュー画像1
あさのあつこ
1954年岡山県生まれ。青山学院大学卒。累計1000万部を超えるベストセラー『バッテリー』シリーズは野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞などを受賞した。ヤングアダルトから時代小説まで、ジャンルを超えて活躍している。
──小誌に連載していた、太平洋戦争下の少女たちを描く『花や咲く咲く』がいよいよ刊行となります。この物語が生まれたのは、2009年に一号だけ復刊された少女雑誌、「『少女の友』創刊100周年記念号」でのインタビューがきっかけだったとか。

あさの インタビューのことを、かつて「少女の友」の読者だった母に話したら、堰をきったように女学生時代のことを語りだして。それまで私は、戦中の少女に特別な関心はなく、ただ悲惨なだけのかわいそうな存在だと思っていました。母の話を聞いたり、当時の女学生の書いた手記を読むなかで知ったのは、彼女たちにも、泣いたり笑ったりして、輝くときがあったということ。そして、戦中という暗い時代に思春期を過ごさざるを得なかった彼女たちの悲しみや苦しみは、今の少女にも十分通じるということ。そういうことなら書いてみたい、書けるのではと思ったのです。

いつだって少女はリアリスト

──主人公の三芙美とその幼馴染の三人が魅力的で、トップシーンから物語に吸い込まれます。女学校のマドンナ和美、中性的な韋駄天の詠子、ふわりとした欠伸が似合う、お針の達人・則子。「贅沢は敵だ」という時節に逆らって、まっさらな美しい布でブラウスを作るというひそやかな楽しみは、その後もずっと四人を元気づけ、より深く結びつけていきますね。

あさの ブラウスを縫う場面では、それぞれのキャラクターに合った、布の柄やデザインを考えました。あのシーンのように、いつだって少女は、美しいものを着たい、オシャレをしたい、おいしいものを食べたい、思いっきり笑いたいもの。私も少女時代、どうやったらキレイになれるんだろう、自分に似合う色は? 髪型は? というようなことを日夜考えていましたから。
少女は、欲求に正直に振る舞いたいという点でリアリストなんです。少年や男たちは「美しい死」というものを信じているけれど、少女たちは同じようには信じ込めない。そんな少女たちの日常をきっちり描くことで、不条理な時代の理不尽さみたいなものが、炙り出せたらと願いながら描きました。

──暗い時代だからこそ、四人の一見他愛のないおしゃべりが輝いて見えます。

あさの 今回表現したかったのは、少女たちの関係性です。ただ楽しいだけでなく、深く付き合えば、仲のよい友達の思わぬ一面を見て驚いたり、知ったつもりになることで相手のことが何も見えなくなったり、なんてこともありますよね。自分自身が十代のとき友達との関係で経験してきたことを投影しています。
三芙美は思ったことがすぐ顔に出るし、おかしいことはおかしいとはっきり口に出そうとする。私自身はどちらかというと、「そんなに言わない方がええよ」と制止する側でしたが、親しい友人に、なんでもずばっと口にするタイプの子がいました。周りはハラハラするし危うさもあるけれど、「彼女は絶対嘘は言わないよね」という信頼のされ方がいいなあと思っていました。三芙美の性格に彼女のことが影響しているかもしれません。
戦時下という特殊な状況にあるけれど、私たちと別の世界の話ではなくオシャレが大好きな女の子たちの物語だと楽しんでもらえればいいですね。「四人の中では則子が好き」とか「三芙美なんか嫌い」とか言いながら、こういう時代が存在したことを感じてもらえれば、これ以上嬉しいことはありません。

女性だから見えること

──三芙美の周りの女性たちとのシーンも胸に刺さります。戦時下には不似合いだけれど、国や文化を愛し誇ることの本質を教えてくれる嶋先生、三芙美のセンスに自信を与えてくれた山口洋装店の奥さん。三芙美のお母さんは、時代と対峙しながらも、どこか飄々としていますね。スパイに気をつけましょうっていう紙芝居を見て「あれぐらいで負けるようなら、端から負け戦やないの」と欠伸をかみ殺しながら本質をついています。

あさの 十代って、外からの刺激によって、自ら変わっていくことができる年代だと思います。十代は、そこを抜かしては描けない。女性は、時代や社会の中心、中央にはいないけれど、離れたところにいるから見えることがありますよね。偉い人ではなく、身近にいるおばさんであったり、先生、お母さんなど、周囲の普通の女の人から影響を受けながら、現実を生きる力、現実を見据える力を持てるようになっていく。それはこの時代だけでなく、今の時代でも同じだと思っているんです。
私の祖母は九十歳をすぎて亡くなりましたが、旅館を経営していて、自ら働き、生きてきた女性です。そういう人独特の嗅覚なんでしょうか、戦争中も「神風なんて吹くわけがない」と感じていたそうです。地に足をつけて働いていた女の人たちの中には、こんな戦が勝てるはずないだろうと感じていた人が、案外いたと思っています。大日本婦人会の女性のように、男の視点にがっちりと巻き込まれる女性もいましたが、産んで育てる、あるいは守るという・母・の視点があれば、あの戦争も違った形になったかもしれません。
「少女の友」を読んで、気づいたことがありました。戦時体制になり、言論統制が強まると、美しい誌面は陸軍から目をつけられるようになったそうです。「少女の友」は美しいものを見たいという少女の欲望に寄り添うことで、いやおうなく戦争に対峙しなくてはならなくなる。つまり、少女の存在そのものが反戦になるのです。美しく散るということにのめり込んでいく男たちに対して、いつかまた同じような状況になったとき、止めることができるのは少女の生き方なのかもしれないと思いました。
とはいえ、反戦、非戦の物語にはしたくありませんでした。戦争はいやだということは根底にありながらも、描くのは少女たち、女たちのことなのです。

嘘のあるラストにしたくない

──タイトルにどんな思いを込めたのですか?

あさの 私にとって書くことはいつも綱渡り。最初から三芙美を主人公に想定していたけれど、書けるかなぁと少し不安でした。大丈夫という手ごたえを得たのは、タイトルが浮かんだとき。一人一人の少女が、花びらを広げて咲き誇るさまが浮かんで、『花や咲く咲く』の物語が見えたんです。
ただし、散る象徴としての花にはしたくなかった。葉を広げ、花ひらき、実をつけて、ちゃんと種を残す。未来につながっていく「花」なのです。
物語のラストは、「戦争が終わった、さあここから私たち四人の青春がまた始まるね」という形は違うと思っていました。最後は四人で一室に集まって、たくさんの布の中から好きなものを選んで、好きなデザインの服を縫って……というシーンで終われたらよかったのかもしれないけど、それでは嘘になる。
語り継ぐ者として、死んでいった者たちをちゃんと心に留めている、痛みの記憶とともに生きる、そういうラストであってほしいなと書き進めていくなかで思うようになりました。
いつか三芙美はちゃんと、和美のウェディングドレスを縫うんじゃないかな。

母にも輝く青春があった!

──あさのさんにとって、太平洋戦争の時代を舞台にするのは初めてのことですよね。柿を煮詰めて甘味料を作るといった細やかな暮らしのエピソードが随所にちりばめられていて、舞台をより身近に感じました。当時を知る人が生きている近い過去を描く難しさはありましたか。

あさの もっと古いお江戸の物語なら、実際に知っている人はいませんし、歴史に残っているような人ではなく、一般市民なら、想像力を働かせて描くことはできる。けれど今回は違います。何年何月何日に何が起こったか、わかる史料がある。史実をどこまで崩すか、崩してはいけないか、その判断に迷うことがありました。史料を読み込んで、知識として自分のものにしながら、それにとらわれすぎないことも大事。そうすることで、今の時代の少女たちが共感できる部分がひろがるのではと思います。
史料だと、ここで空襲があって、何万人が亡くなったとか、数字に置き換えられることがほとんどです。でも、本当に知りたいことは残っていないことも多い。当時を知る人の肉声を聞きたくて、初めて母に当時の話を事細かに訊ねました。それが娘としても、書き手としても思いのほか面白かった。母は当時女学生でしたが、工場に動員され、三芙美と同じく予科練の制服を縫っていたそうです。寮ではいじめのようなものがあったり、食べるものがなくていつもひもじかったり。今日は食事に肉が出ると聞いて、喜んで見てみると、猫の肉でがっかりしたとか。柿を煮詰めて甘味料を作っていたことも母から聞きました。軍服の布の厚さ、ミシンの音、肉のまずさなど、そのまま使うのではなくとも、史料ではうかがい知れないことを詳細に聞けたのは、書き手としてありがたかった。

──これまで、お母様から戦争体験を詳しく聞いたことはなかったのですね。

あさの 娘としては、いきいきと十代のころの思い出を語る母を見て、「この人にも青春時代があったんだなあ」とびっくりしました。娘にとって、母は母でしかなかったですからね。大げさかもしれないけど、母親というより、忘れられない十代の日々を持つひとりの人間、ちゃんと生きてきた人なんだな、と。
うちの母だけでなく、みんなそうなんです。一度しかない青春、どんな悲惨なことがあっても、心に深く刻まれている。それを、いつか誰かに語りたいと思うときが来るのかもしれません。
「自分が縫った制服を着る予科練生はどんな人なんだろうと思うとドキドキした」なんて聞くと、今の女の子と変わらない。戦争中でも少女らしい喜び、悲しみ、悩みを持っているのは同じなんです。戦争という特殊な状況下にあるからこそ、少女の持つ面白さ、楽しさなどの魅力が際立つ面もありますが。
今、八十四歳の母は「この歳になったから話せる、少し前なら話せなかった」と言います。つらかったことのすべても、今となっては懐かしいのだと。ちょうど良いタイミングだったのかもしれません。小説という形だからこそ、史料から零れ落ちていく肉声を残せるんですよね。今書けて、本当によかった。読んでくださる方の心にしみて、興味や関心をひろげるきっかけになれば、これ以上嬉しいことはありません。

現代の少女たちに通じること

──私は少女のころをとうに過ぎてしまいましたが、この作品を読んで、自分の少女時代を思い出しました。喜びも、痛みも含めて。今の自分には三芙美のような喜怒哀楽が足りないな、とも反省したり。かつての少女にも、この物語は効きますね。

あさの 少女時代の私は、表面的には優等生で、逆らったり抗ったりすることが苦手でした。髪を切りたくないのに、親に言われて切って、大泣きしたこともあります。いまだに、あのときあのひとことを口に出せていたら……なんて振り返ることもあります。だから十代を描きたいのかなあ。
この時代以前を舞台にした少女の物語は、史料が限られるせいもあって、まだあまり書かれていないように思います。現代ものはYAを含めていろいろありますが。今回『花や咲く咲く』を書いてみて、まだまだ興味深いテーマはたくさん転がっている、とわかりました。いつかまた挑んでみたいと思っています。

──今は、空襲も食糧不足もないけれど、戦時下を生きる三芙美たちに共感できる部分がたくさんあるように思います。

あさの 戦争の時代は、窮乏生活を強いられて苦しかったけれど、友人や周囲の人と助け合い支え合っていた。そうでないと生きていけなかったのでしょうね。寮に三芙美のお母さんが差し入れにきてくれるシーンがあります。お腹がすいてひもじいのに、受け取った食べ物を同じ部屋のみんなで分け合って楽しみました。食べるものが少ないからこそ、分かち合って食べる喜びをくっきりと感じていたのでしょう。もしこれを隠して独り占めしたら、そこでは生きていけないということも少女たちはわかっていました。母によると、差し入れのない人は申し訳なく思っていたそうです。
戦時下に限らず、困難な状況にあればあるほど、人と人の結びつきがよく見えてくるのではないでしょうか。現代の日本に目を転じると、見えにくい、わかりにくい戦いに放り込まれて、もがき苦しんでいる少女たちがいっぱいいるのでは、と感じます。悩んでもがいている中でこそ、人と人の結びつきに意味が出てくるんじゃないか。それがこの作品で描きたかったことなんだなと、書き終えてみて思います。



※本インタビューは季刊「紡」Vol.9の掲載記事を転載したものです。