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関口苑生

『任侠病院』刊行によせて 今野 敏インタビュー

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構成・文/ 関口苑生
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今野 敏(こんの びん) 1955年北海道生まれ。上智大卒。大学在学中の78年に問題小説新人賞受賞でデビュー。有段者でもある空手の描写力を生かした武道小説、軍事サスペンス、伝奇小説など様々な分野も手がける。2006年、警察官僚を主人公にした『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞を、08年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞および日本推理作家協会賞を受賞。
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嫌いな存在を、あえて物語で描く

――このほど≪任侠≫シリーズの第三弾『任侠病院』が刊行されました。このシリーズは、経営難に陥った会社や施設をヤクザが再建するというストーリーで、特に主人公像がそうですが、今野作品の中ではきわめて珍しいタイプの物語構成となっています。

今野: もともと僕は暴力団が大っ嫌いで、本当に、なんであんな人たちがこの世の中にいるんだろうと思ってたんですよ。今までの小説でも、悪役でしか登場させてませんしね。でまあ、じゃあ逆にその人たちの立場になってみたらどうだろう、いいヤクザっていないものかなというのが、第一弾の『とせい』を書いたきっかけでした。

――倒産寸前の出版社を、阿岐本(あきもと)組が立て直すという。

今野: はい。ところが、書いてみたら主人公はやっぱり上と下に挟まれて苦労するタイプで、基本的には安積警部補(編集部注:初期から現在まで書き継がれている警察小説、安積班シリーズの主人公)とそんなに変わらないんですよ。そもそもこのシリーズは、日村がどのくらい苦労するかという話でして、安積とかなりダブる部分がある。結局、僕ってそういう可哀相な人間の話を書きたいんでしょうね(笑)。

――シリーズを通して感じることは、阿岐本組代貸の日村が味わう中間管理職の悲哀です。また一作目の出版社、二作目『任侠学園』の私立高校、そして今回の病院でも、彼らが乗り込んでいった先は周囲がすべて敵だらけで、心が休まる暇もないくらい悪戦苦闘の日々が続きます。

今野: ただ、物語には快感原則というのがありまして、この人はヤクザなんだけど、この人だったら味方してもいいなと思って、ひとりまたひとりと敵だった人がこちら側にくるというのが快感なんですよ。それを書いていくのが、このシリーズのひとつの作戦でもありました。僕は物事を解決したり、問題に立ち向かっていくときって、ひとりでは何もできないと思ってるんです。いろんな人に助けられて社会は成り立っている。というか、個人で何かを達成するよりも、仲間と何かをやることのほうが快感がある。まあ僕の資質なんでしょうが、同時に今の社会は複雑になりすぎていて、問題が起きてもひとりではどうしようもない。分業せざるを得ないところがある。根本はそこなんです。それをヤクザという立場から見てみたわけです。

人間の立場の分だけ物語が凝縮する

――立場によって、見る目も違ってくる場合があると。

今野: そう。かりに、自分の家のそばに暴力団の事務所があれば、誰だって落ち着きませんよ。反対運動も起きて当然でしょう。でも、反対運動を起こされた側の気持ちになってみると、そこで初めて見えてくるものがあるんです。住民エゴの部分とかね。とにかくいろんな立場の人がいる。作者としては、その全部の立場で自由にものを言いたいわけです。たとえば、警察というのは最初から正義なんですが、ヤクザはそうじゃない。でも、そこにもうひとつ、俺たち阿岐本組はヤクザであっても、暴力団とは違うんだって論理をかませるんです。そうすると書き方だって変わってくる。それぞれの人の立場の分だけ、ドラマが凝縮してくるんですよ。ことに日村の立場では警察や地域住民への対応に加えて、組長からの指示の対処、組員たちへの心配りと気苦労は絶えません。これが書いていて面白い。

――安積にしてもそうなんですが、そこらあたりの気の遣いようと言いますか、人に対してのおもんぱかりようは独特なものがありますね。

今野: そこを書かないと、僕の小説世界は成立しませんから。それを抜いてしまうと、スカスカになっちゃう。人と人とを感情という視点で描くのが僕の作品世界なんです。小説というのは、俳優が背中で演技したりとか、場面一発でどーんと分かって、余計な説明をしなくていい映像世界にかなわないところが一杯あります。一方、小説はどうしてそういうことになったのかを書かなくちゃいけない。どうしてそういう風に事態が動いていくのかを書く。そのときに、人の気持ちを描いたほうが説得力が出てくる。仕組みを説明するのではなく、仕組みが動いているところに接した人間の心境を描くことが大切だと思っているんです。

――原因があって、結果がある。一の次は二。二の次には三がくる。言葉は悪いですが、アナログのようなものですか。

今野: 小説って、アナログかもしれませんね。少なくとも僕の場合は、いきなり何かが起こって、過去に遡ってという書き方はしません。時系列に沿って書くやり方ですね。プロット自体は単純なんで、その間を埋めていくのに人間の気持ちやエピソードの積み重ねを書くわけです。そうすると小説は小説として成立していくし、読者も充実感を持って読んでくれるようになる。それから、面白いのはアナログの語源ってアナロジー……類推なんですよ。小説も常に類推していきながら進めていく。主人公に自分の経験を託して描くなんて、まさに類推そのもので、アナログでしかありえません。

心が折れるのを防ぐことはできないか

――阿岐本のオヤジさん(組長)も、人の心はまず入れ物からと言って、学校や病院の掃除から始めます。

今野: 僕のすべての作品に言えることなんですが、人間関係ってそんなに捨てたもんじゃないよ、という主張があるんですよ。人生って嫌なことのほうが多いもんですが、といって押し潰されたら終わりですよね。何か起きたとき一番ヤバいのは心が折れることなんです。それを防ぐ方法、生き方が何かあるんじゃないかと思い続けて、僕は小説を書いている。今回の『任侠病院』で言うと、受付の女性に花一輪贈ることで、その人の笑顔を取り戻す場面があります。これなんかも、ひょっとしたらという期待感を持って書いてます。ちょっとした積み重ねで気分が変わる、気分が変われば生き方も変わっていく。そのきっかけとなるのが人間関係で、こういうのもそんなに捨てたもんじゃないだろうって。

――ああ、そのあたりが実に今野さんらしいですね。読んでいて、気分が明るくなってくるというのは。

今野: 小説家にもいろんな役割の人がいてもいいとは思います。馳星周や花村萬月のように、これでもかというくらいに現実をつきつけてくる作家がいてもいい。ああいう作家は必要です。でも、今野敏の役割は違うと思ってます。僕は読者に、僕の小説を読んで元気になって欲しい。じゃないと、僕が小説を書く意味がないと思ってる。ですから、これまで書いた百六十冊の作品は、全部ハッピーエンドで終わってます。

――その意味では≪任侠≫シリーズはまさに絶好の作品ですね。すごく楽しそうに書いてらっしゃいますし。

今野: 楽しかったですね。出版社のときは、常日頃思ってることを書きましたし。そんなことやってるから会社が危なくなるんだよって(笑)。学校のときもハマりました。阿岐本組のやってることって、実は教育だったんですよ。今度の病院は経営と医療が別ものなんでちょっと難しかったですが、かっこいい医者を出せました。ああいう人物を書くと、読者は食いついてくれるんです。

百冊を超えてから小説の書き方が分かった

――まさしく職人芸ですね。

今野: 有り難うございます。でもね、小説の書き方が分かってきたのって、冊数で言うと百冊を超えたあたりからでしたね。あるとき思い切り入れ込んで、これで結果が出なかったらもう作家をやめてもいいやというくらい力を入れて書いたことがあったんです。これが大きかった。警察小説の名を借りた家族小説(『ビート』)で、実際にはあまり結果は出なかったんですけど、売れる売れないにかかわらず、一回思い切りそういうことをやっちゃうと、肩の力が抜けてくるんですね。だから、あの作品を書いた意味は大きかった。次に同じテーマで書いたのが『隠蔽捜査』でしたから。

――大沢在昌さんも『氷の森』から『新宿鮫』に至る、そんな話をなさってました。

今野: 大沢も多分そうだろうと思うんですが、人間の関係性やら何やら、もの凄く密度が濃いものを書いてしまうと、ぶっちゃけ次からはもう嫌になってくるんでしょう。ここはもう流して書いてもいいだろうって。それが逆にいいテンポとなっていく。自分が見えてないものは書かなくてもいいことが分かってくるんです。それでも読者はちゃんと想像してくれる。そういうもんなんです。プロットにしても、最初の頃はがっちり隙間なく立ててましたけど、肩の力が抜けてくると二、三行で済むようになってしまう。

――身体で覚えるというか、バランスや流れが身体に染み込んでいく。

今野: そう。僕はだらだらと書いていても、とびっきり面白いものが書けるのが最高の小説家だと思ってます。本人はだらだらのつもりでも、小説を読んでみたらきちっとなっている。これこそが職人で、いつかはそうなりたいと思ってるんですが。

――いや、今でも充分に職人です。

※本特集は月刊ジェイ・ノベル2011年11月号の掲載記事を転載したものです。