第48回 早稲田大学エジプト学研究所所長 吉村作治さん

ダハシュール北遺跡発掘現場にて。後方に「赤ピラミッド」を臨む。
<写真提供・早稲田大学エジプト学研究所広報部>
世界中が驚いた大発見
 一九七〇年に発掘権を得て,一九七一年に本格的に発掘調査が始まりました。その後,一九七四年一月十五日にルクソール西岸の『魚の丘』と呼ばれる遺跡から「彩色階段」を発見しました。僕にとっては,考古学調査をしてきて最初の大きな発見でした。確信なんてありませんでした。発掘に確信なんてないんです。もし,確信があるなんていう人がいたら,その人はうそつきです
 見つけたときはうれしかったし,この発見がなければ僕の今日はなかったと思います。でも,無我夢中でしたね。もちろん,今でもそうですが。
 一九八四年にはクルナ村の貴族墓から二百体のミイラや未発見貴族墓を発見しました。これも断っておきますが,確信がないからと言ってむちゃくちゃやっているということではないのです。ある程度計画を立ててやっているわけだから,でたらめなことをしているわけではないのです。確信とは言葉通りにとらえれば「絶対にある」ということですから,そんなものは世の中にはないと僕は言いたいです。
 発掘というと,テレビや新聞等の報道ではどうしても発見した時しか脚光を浴びませんから華々しいイメージがあるかもしれませんが,発掘調査の日常というのは非常に淡々とした地道な作業です。だから,いつもなにか見つかればいいと願ってやっているわけですが,それはいつ見つかるかわからないわけです。

ハイテク技術による物理探査
 ハイテク技術を使った調査は日本がさきがけでした。ただ,ハイテク技術が使われる前と後では考古学の調査方法ががらりと変わったかというと,決してそんなことはありません。相変わらず何もやっていない人というのももちろんいます。ハイテク機材には何千万円というお金がかかりますから,いいと思ってもなかなか難しいですよね。商売ならば設備投資をしても,それを使えばお金になりますが,我々の場合には全くお金にならないですし,よほどチャンスがないとそういうお金は使えないですよね。
 結局,日本の発掘というのはほとんど行政がやっていますから,行政の予算でやる分にはハイテク機材も使えますので,日本ではあっという間に広がったわけです。他の国ではそんな行政発掘などないですから,責任者が自分で全部お金を都合してくるんです。
 ハイテク技術を使った物理探査とは,文字通り,物理の法則を機械に与えて調べるという一つのカテゴリーです。その中には磁気を使うものもあれば,電磁波というのもあります。ですから,物理という地球の性質をうまく利用した探査法です。
 そうしたハイテク技術を使った調査方法が国際的に広まったのは,一九八四年のフランス・ピラミッド・シンポジウムでの発表からです。物理探査は十三から十五種類ぐらいありますが,実際によく使われるのは電磁波や重力計などの三,四種類で,だいたいこれでわかってしまいますね。

エジプトで仕事をする難しさ
 歴史も宗教も民族性も,すべて日本と異なるエジプトで仕事をする難しさというのはあります。たとえば,エジプト人は「神の思し召しがあれば(インシアッラー)」とか「どうにも仕方がなかったので許してください(マリッシ)」という言葉を日常的に使います。これはある意味ではエジプト国民共通の,現実から逃避するための言葉として使われるのですが,こちらはそのことを理解すればそんなに大変なことではありません。もちろん最初はとまどいますが,人間はどこかで許し合わなければいけないわけですし,こちらは相手のそういう状況を理解してやる必要があります。なれないうちはこちらもいらいらしたり,怒ったりして大変でしたけれども,考えてみれば日本人だって約束の時間に遅れてくる人はいますからね。
 でも,約束の時間に遅れるよりは早く行くのが美徳と考えるのは日本人だけです。僕も遅刻してはいけないと思って早く行くのですが,エジプトでは嫌味になってしまうのです。少し遅れることによって相手に花を持たせるという考え方です。

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