第28回 建築史家・建築家 藤森照信さん

日本人の精神的よりどころの最大のものは富士山。あれが無くなったら一億総脱力状態になるでしょうね(笑)
屋根の上にはタンポポの花
 この「神長官守矢史料館」の建築過程ですっかり自然素材の深みにはまったぼくは,四年後,自宅の竣工に取りかかりました。おまけに自然素材のみならず,植物まで家に取り込みたくなった。青森や岩手,フランスのある地域には芝棟というものがあって,茅葺きの屋根に植物が生えているんです。この芝棟ですが,かつては日本全国にあり,日本の屋根という屋根に花が咲き乱れていた時代もあったんです(笑)。これを東京の国分寺の家でも取り入れてみようと。この家ができるまでの苦難の道のりはひと言では説明でできません。それでも説明してほしいという人が,年中我が家の前に立っては屋根を見上げているので仕方なく「タンポポ・ハウスのできるまで」(朝日文庫)という本を書きました。この悪戦苦闘ぶりをくわしく知りたい方はそちらを読んでください(笑)。ただ,タンポポの花は下から見上げるものじゃないですね(笑)。このときのリターンマッチとして,赤瀬川原平宅では「ニラ・ハウス」として,屋根に千株ものニラを植えたんですが,白い花が風にサワサワとそよぐ様は美しく,眺めていて涙が出そうになったくらいです。また,この家づくりにあたっては素人も参加しようということで,仲間がみんな集まって天井張りをしたりと,「家を作る楽しさを自分たちも味わう」という夢も叶えることもできました。
 これらの建築をもって,文明と自然の共生だなんていうつもりはさらさらありません。自然をさんざん痛めつけておいて,相手が死にそうになってからあわてて共生しましょうなんて,そんな虫のいい話があるわけないじゃないですか。だから「共生」よりは「寄生」。どちらかがちゃんと責任と配慮を持つことです。この「ニラ・ハウス」が賞を受けたこともあって,全国から設計の依頼がくるようになり,現在では本業の建築史家だけではなく,建築家としての仕事も大きなウエートを占めるようになってしまいました(笑)。

建築は懐かしさの最大の器
 建築とは何かということを最近考えるんですが,人が抱く「懐かしい」という感情が最大限高まるのは,自分が生まれ育った家や,その周囲の路地とか学生時代の下宿とか,かつて体験した建物を前にしたときなんですね。ふつうの人が建築に心ふるえてしまうのは,美しさとか大きさとか歴史的重要性とかではないんです。また,人が眠っているときに見る夢の中で一番安定しているのは建物と町並みだそうです。生まれてから現在に至るまでの人生の記憶,脳の中に定着された自分の世界は,建築と町並みによって安定と連続性を保証されているわけです。毎日通っていた道路沿いにあった建物が,ある日取り壊されて無くなってしまった。見慣れていたはずなのに思い出そうとしても思い出せない。別に気にするほどの建物でもなかったから当然です。だけど,何とも言えない嫌な感じがします。それは自分の記憶,つまり過去の思い出が消えたという欠落感なんだと思います。まして,これが愛着のあった建物だったとしたら,耐え難い欠落感におそわれるでしょう。戦後,戦災で消失したお城がいち早く各地で復元されたのも,大阪の通天閣を街の人たちが力を合わせて復活させようとしたのも,自分が自分であることの証を求めた結果ではないでしょうか。私たち建築史家が昔の建物を大事にしようと主張するのも,新しく作る建物はよりよいものにしてほしいと願うのも,そんな理由からなんです。
 人生最後の風景ですが,縁側に横たわって,庭を見ながらそのまま逝きたいですね。だとすると建築は巨大なベンチ? これはまずい,建築史家がこんなことを言っちゃいけませんね(笑)。
(構成・写真/寺内英一)
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