第4回 手作り三味線奏者 野村深山さん

演奏指導にも熱がこもる
ファンに励まされて一生続ける決意を
 三味線製作や演奏依頼が増えたことで、何より楽しいのは、いろいろな人に会えるようになったことです。世田谷の福祉作業所で指導を始めたのも、ライブに招かれたのがきっかけです。演奏を聴いて感激した知的障害者の人たちから、「ぜひ教えてほしい」と頼まれて引き受けました。いまは月に2回出かけています。まったくの角材から、ノミもナイフもノコギリも使ったことのない人たちが、あらゆる道具を使いこなして、ひのき三味線をつくっていくわけです。これは非常におもしろいです。とにかく、みなさん一生懸命ですし、なんといってもうれしいのは、どんどん表情が変わっていくんです。二代目高橋竹山さんとのジョイントコンサートでも、30名の方たちに出演してもらいましたが、いきいきして自信を持つんです。いま、いろんなところから木づくり三味線をつくりたいという要望が寄せられていまして、少しずつやっていきたいと思っているところです。
 以前抱いていた私自身の迷いは、完全になくなりました。私にとって、三味線は道楽ですから、それで生活していくというのは虫のいい話で、つねに後ろめたさがありました。
 ところが、全国各地に呼ばれて演奏をしますといろんな方たちからファンレターをもらいます。これには、とても励まされました。
 いちばん心を打たれたのは、岐阜県のお寺でコンサートをしたときのことです。そこで聴いていた女性のお客さんから、巻紙にしたためた手紙をもらいましてね。ご主人とお子さんを亡くされた方で、自分にはもう笑いも涙もないと思っていたのに、私のトークでお腹をかかえて大笑いし、最後の演奏曲「お遍路さんのじょんから節」を聴いて、涙をこぼして泣いてしまいましたと書いてあったんです。それで、「もう死ぬのをやめ、これから前向きに生きていきます」と。
 そういう類の手紙をいくつかもらっているうちに、私自身大変勇気づけられましたし、同時に、責任感みたいなものも生まれてきました。ふっきれたというか、三味線で生きていくことに、後ろめたさみたいなものはなくなりました。それから、コンサート活動に全力をつくそうと決意したわけです。もっといい音が出る三味線をつくって、もっとうまく弾きたいと願っています。
 私のような落ちこぼれにも、生きる道があります。いろいろな人生経験、さまざまな人との出会いこそ、永遠の学校なのかもしれませんね。
  
(構成・石垣 智)
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