パラアスリートの軌跡⑤ 車いすバスケ 香西宏昭

「パラアスリートの軌跡」連載第五回目は、車いすバスケ 香西宏昭選手のインタビューをプレイバック!(2017年7月発売号掲載。※現在とは異なる内容などありますがご了承ください)

アメリカ・イリノイ大学で車いすバスケットボールの真髄を学び、大学選手権では優勝を経験した。卒業後はプロ選手として、ドイツ・ブンデスリーガでプレー。世界から「ニッポンにはヒロがいる」とマークされている。香西宏昭は、日本を代表する車いすバスケ界のエースだ。

香西宏昭の日本代表歴は長い。高校1年の時にU23の世界選手権に出場し銀メダルを獲得した。翌年にはシニアの代表として世界選手権に初出場。パラリンピックには08年の北京大会から昨年のリオデジャネイロ大会まで3大会に連続出場している。巧みなチェアワーク(車いす操作)と、スピードがもち味。ひとたびボールを手にすると、コートは香西に支配される。仲間への絶妙なパス、そして3ポイントシュート。香西の動きに、誰もが目を奪われる。

香西は、小学6年の時に車いすバスケに出会った。名門チームである千葉ホークスに所属して、メキメキと腕を上げた。

中学1年の時に、現在日本代表監督の及川晋平が主宰する〈Jキャンプ〉に参加。Jキャンプは、初心者からスキルアップを図る経験者、さらには健常者も参加できる車いすバスケのキャンプだ。

及川はアメリカ・イリノイ大学でシドニー、アテネパラリンピックでカナダを金メダルに導いたマイク・フログリー氏に師事し、その教えを元にJキャンプを立ち上げた。その第1回キャンプに香西が参加。メイン講師として来日していたフログリ

ー氏は香西のポテンシャルを見抜き、イリノイ大への進学を強くすすめたのだ。フログリー氏、及川、香西。質の高い車いすバスケのベースが、脈々と受け継がれているのである。

3度目の出場となったリオデジャネイロパラリピックで、日本の目標は6位。しかし、実際には決勝トーナメントに進出できず順位決定戦で9位に終わった。

「予選ラウンド、自分の判断ミスでゲームを落としたと感じてるんです。小学生の時から車いすバスケを続けてきたなかで、リオはもっとも精神的ダメージが大きい大会でした」

「点差が拮抗している状態で、無理やり得点しようとしてカウンターを食らい、そのままズルズルと引き離されてしまったんです」

チームの要でありながら、自信を失う。戸惑い、葛藤、迷い。

「4年間練習を積んできたはずなのに全然足りなかったのでは、という後悔が頭をよぎった。そういう思いは、もう絶対にしたくない。全力でやりきってパラリンピックの舞台で悔いのないプレーがしたい」

リオパラリンピックは、香西の車いすバスケ人生において、真にリスタートの舞台となった。

リオパラリンピック以降、改めて取り組んできたのが肉体改造。新たにジャパンチームのフィジカルコーチに就任した有馬正人氏に、パーソナルトレーニングを依頼した。

有馬正人コーチのもと肉体改造を図る

「以前から体幹は意識して取り組んでいた。でも、無意識に腹筋の上部ばかりを使っていて腰に過度の負担がかかっていました。下部の腹筋を含め体幹を強化して適正に身体を使えるようにならないと」

ひとつひとつのトレーニングをするとすぐに車いすバスケの動作を行なって連動させる。今使った筋力を、どう車いすの操作やシュートに生かすのか。実際にボールや車いすを使って確認する。

「始めてわずか1ヶ月で、車いすでの姿勢が変わりました。無理やりいい姿勢にしようとするのではなく、いい姿勢でいる方が楽になった。ハードな合宿でも身体の痛みが出ない」

もちろん、香西が目指しているのは、己の肉体を強化することだけではない。トレーニングだけでなく、メンタル、栄養などあらゆる要素について、専門家に継続的に指導を受けられる体制を整える。チーム香西を構築させていくことなのだ。

「自己中心的に聞こえるかもしれないけれど、今は自分にすごく集中している。僕の成長が、ジャパンチームにとってすごく必要だと感じているからです」

ドイツでプレーすること4シーズン。毎年ヨーロッパのクラブナンバー1を争う大会もある。ドイツだけでなくスペインなどのリーグには、アメリカ、カナダなどの強豪国の代表選手が多数在籍する。世界レベルのなかでプレーしていると、本当に強い選手のあり方が見えてくる。

「世界でもトップクラスの選手にはしっかりした裏付けのある判断力が備わっているんですよ。今、誰にパスを出すべきか、崩れた体勢でもシュートを打つべきか。僕にまだ足りないのはそこだと痛感している」

的確な判断力、周囲を冷静に見る視野。そして仲間から本当に信頼されるリーダーシップ。目指すべき姿は明確だ。

「ゲーム全体を考えながら瞬時に判断し、それをプレーとして実現するためには、ベストな状態で40分間戦い抜く身体とココロ、すべてを鍛えておかなくてはいけないから」

だから、チーム香西一丸となって理想を追い求めていくのだ。

「子供の頃から、練習によって少しずつでも自分が成長できることが喜びだったし、今でも車いすバスケを続けている大きなモチベーションになっています」

パラリンピックという大舞台で最高のパフォーマンスを出し切りメダルを獲得する。3年後の東京パラリンピックの前哨戦となる世界選手権が、来年ドイツで開催される。

「今年行なわれるアジアオセアニア選手権で1位をもぎ取って、世界選手権でベスト4。そうして、3年後にはメダル獲得を実現させます」


香西宏昭/こうざい・ひろあき

1988 年7月14日、千葉県生まれ。NOEXCUSE所属。先天性両下肢欠損(膝上)。小学6年で車いすバスケットボールを始め、高1でU23の日本代表選手に選出。2006年に初の世界選手権に出場。08年北京、12年ロンドン、16年リオデジャネイロパラリンピック出場。イリノイ大学卒業後、ドイツ・BGBaskets Hamburg に4年間在籍。来季よりLahn-Dillに移籍。クラス分けは3.5

 

 

 

 

 

写真/高須力、甲斐啓二郎

取材・文/宮崎恵理