パラアスリートたちの軌跡① ドリーム対談1/2

世界中で猛威を振るう新型コロナウィルスの影響でオリンピック、パラリンピックともに来年の延期が決まり残念でなりませんが、命に代えられるものはありません。楽しみが先に延びたと前向きに考えて、まずは自分と周りの人を大切に、手洗い・うがいを徹底したい今日この頃です。

皆様が少しでも前向きな気持ちになれるよう、『パラスポーツマガジン』はバックナンバーからパラアスリートたちの言霊をプレイバック!

第1回は義足ジャンパーのマルクス・レームと、レーサー(陸上競技用車いす)を使用するスプリンターの伊藤智也のドリーム対談を2回に分けてお送りします。(2018年10月発売号掲載)

スタイルは違うが、ともにパラリンピックの金メダリストである二人。

障がいを負ってから始めた陸上競技の魅力とは。トップを走り続けるパラアスリートの使命とは。それぞれの想いを語ってもらいました。

 

  2018年8月25日。ロンドン、リオパラリンピックの金メダリスト、ドイツのマルクス・レームは、ベルリンで開催されたヨーロッパ選手権の走り幅跳びで8m 48㎝を跳び、1カ月前に日本で3年ぶりに出した8m47㎝の世界記録を更新した。

伊藤智也は、2008年北京パラリンピックで4000 m、800mで金メダル、12年のロンドンパラリンピックでは200m、400m、800mで銀メダルを獲得したが、その後現役を引退。その伊藤が2018年夏、復帰した。

レーム選手はウェイクボードの練習中にボートのスクリューに右足を巻き込まれて切断。伊藤選手は20年前に多発性硬化症を発症して車いす生活に。ともに障がいを負ってから陸上競技の選手としてパラリンピックに出場されていますが、なぜ、陸上だったのでしょう。

伊藤智也(以下、伊藤) 私の場合は、入院中に間違えてレーサー(競技用の車いす)を買ってしまったというのがそもそもの始まり(笑)。障がい者スポーツがあることも知らなかった。かっこいいという理由でレーサーを買ったことで陸上を始めました。

マルクス・レーム(以下、レーム)ははは、面白いエピソードですね。私の場合は、子どもの頃に陸上競技をしていた時期がありました。切断後、水中で使える義足を使ってウェイクボードをしたり、トランポリンなども挑戦していました。ある日、イベントでトランポリンを披露したら、バイエル04レバクーゼンというスポーツクラブの人が、私を招待してくれたんです。それで事故後初めて陸上をやりました。

 

 

義足で、あるいはレーサーで初めて陸上をやってみた印象はどんな感じでしたか。

伊藤 初めてレーサーに乗ったのはまだ入院中でしたね。田舎だから車も少なく自由に走ることができました。ある日、自転車に乗るおばあさんを追い越したんです。病院用の車いすでは、自転車を追い越すことは難しい。その体験で、走るの面白い、と感じました。

レーム 初めて義足をつけて走った時には、顔に風が当たるという感触を味わえたことが印象的でした。コーチに言われて、試しに走り幅跳びをしたら5m15㎝。日常用の義足でしたが、ドイツ国内の記録を超えていると言われて、自分には走り幅跳びのポテンシャルがあることを実感したのです。伊藤さんが復帰を決意されたきっかけは、なんだったのですか。

伊藤 埼玉県にある工業デザイン工房「RDS」が「チーム伊藤」を結成し、体やフォームにぴったり合った特製の専用車いすを開発してくれる、というオファーをいただいたことがいちばんの理由ですね。もともとモータースポーツの技術開発に携わるRDSが、パラスポーツの開発環境に寄与しようという。前代未聞ですよ。そこに意義を感じて、やったろうかい! と。

お二人は、義足とレーサーという競技用の用具を使用しています。その用具に体を適応させるためにいろんな努力をされていると思いますが、使い方を含めて、どんなことに力を入れているのか、教えてくだい。

伊藤 レーサーは、人間の体の進化を凌ぐ速さで進化します。真摯に挑戦すれば、少しずつでも人間の進化、タイムにつながっていく。その探求を怠ってはいけないと思っています。

レーム おっしゃる通りです。私たちにとってテクノロジーは不可欠です。義足を装着せず1本足で8m超の記録を出すことはできません。同時に私たち障がい者にとっては、義足は体の一部なんです。レーサーや義足だけに注目されがちですが、アスリートがそれを自分の体として受け入れて、初めて使いこなすことができる。私が特に力を入れているのは、義足でバランスを取ること、義足から受ける感触を自分自身がしっかり受け止めること。ジャンプすることで感覚を確認しています。

(続く)

引き続き、二人が語るパラリンピックで金メダルを目指すことの意義についてお届けします。

 


マーク・レーム/Markus Rehm 1988年、ドイツ生まれ。バイエル04所属。T64クラス。14歳の時、ウェイクボードの練習中にボートのスクリューに右足を巻き込まれ切断。2009年にパラ陸上にデビュー、初出場したロンドンパラリンピックでは7m35㎝で金メダル、4x100mリレーで銅メダル。14年、一般の陸上競技のドイツ選手権に出場し8m24㎝をマークして優勝すると、競技用義足の優位性について議論が巻き起こる。16年のリオデジャネイロパラリンピックでは8m21㎝で大会2連覇を達成。2018年8月、8m48㎝で世界記録を更新した。

伊藤智也/いとう・ともや 1963年、三重県生まれ。バイエル所属。T52クラス。1998年、多発性硬化症を発症し車いす生活となる。2001年に大分国際車椅子マラソンでデビュー、03年にパラ陸上の世界選手権に初出場、400m、1500m、車いすマラソンで金メダル、800mで銀メダル。パラリンピックはアテネに初出場し、北京では400m、800mで金メダル、200mで銅メダル。ロンドンでは200m、400m、800mで銀メダルを獲得し、現役を引退。2018年に復帰、ジャパンパラ競技大会では200m優勝、400m、800mで2位。


取材・文/宮崎恵理

写真/吉村もと

取材協力/バイエル ホールディング株式会社