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  「オレ、終わってないぞ」下半身不随のライダーの挑戦

「オレ、終わってないぞ」下半身不随のライダーの挑戦

「周囲のサポートとそれを素直に受け入れる自分がいれば、誰だって何だってできる!」多くの人にそのことを伝えたいという気持ちとともに、鈴鹿のサーキットを駆け抜けた元世界GPライダーの挑戦に迫る。 世界の頂点に手を掛けようとしていた。遠い夢でも届かない憧れでもない。具体的な現実として、それは青木拓磨さんの目の前にあった。2輪レースの最高峰、世界グランプリ(現MotoGP)は、各国選手権を勝ち上がったレーシングライダーだけが参戦できる最高の舞台だ。 そこに参戦した拓磨さんは参戦初年度の1997年には年間ランキング5位につけ、さらなる活躍が期待されていた。しかし翌1998年シーズン開幕前、マシンのテスト走行中に事故に遭い、下半身不随になった。 バイクに乗ることは、想像以上の全身運動だ。特に下半身で車体を押さえることは、ライディングの基本中の基本とされる。さらに右足で後輪ブレーキをかけ、左足でシフトペダルを操作してギアを変える。 下半身が動かない拓磨さんはバイクに乗れなくなったが、モータースポーツをあきらめるつもりはなかった。「クルマのレースがあるじゃないか」と、すぐに気持ちを切り換えていた。だが、障がいを理由に国内で4輪レースに出るためのライセンスがなかなか下りなかった。やむなく海外でレースに参戦したが、「日本ではなぜダメなんだ……」と意気消沈した時期もあった。 そんな折りに、元F1ドライバーで下半身不随のクレイ・レガッツォーニさんと出会った。免許取得すら困難だった時代の話を聞き、「オレよりがんばってきた人がいる。オレももっとやらなきゃ。この人を超えなきゃ」と、気合いが入った。約5年をかけた懸命な働きかけが功を奏し、日本国内でもライセンスが発給された。 現在は国内外の4輪レースやラリーに積極的に参加している。今年はルマン24時間レース併催の「ロード・トゥ・ルマン」で完走を果たした。来年はルマン24時間レースに参戦する予定だ。「人生は、チャレンジし続けなくちゃいけない。チャレンジしている限りは、『オレ、終わってないぞ』と思えるんだから」4輪レースに取り組む一方で、拓磨さんはバイクに乗ろうと思ったことはほとんどなかった。 「クルマならひとりで乗れるけど、バイクは無理だからね。乗りたい気持ちはもちろんあったけど、むずかしいだろうなって思ってた」ふたつの車輪で走るバイクの姿は颯爽としてダイナミックだ。だが止まっているバイクは、自立できない。スタンドか、人の支えが必要だ。「迷惑をかけちゃいけない」と、拓磨さんは自分の心にストッパーをかけていたのだった。 スクーターや、3輪バイクの「トライク」などに乗る機会は多少あったけれど、本格的なマニュアル操作のバイクからはずっと遠ざかっていた。チャレンジを重視する拓磨さんでさえ、「バイクは無理だ」と決めつけていたのだ。 つづく
 青木拓磨(あおき・たくま) 1974年、群馬県生まれ。幼少期よりバイクレースで頭角を現す。1995~1996年、2年連続で全日本ロードレース・スーパーバイククラス王者に。1997年には世界GP最高峰クラスに参戦。1998年開幕前の事故で下半身不随となった。現在は4輪レースに参戦しながら、イベント主催などに積極的に取り組む。     文/高橋剛 写真/真弓悟史、大谷 耕一 協力/ RIDERS CLUB 編集部


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