第66回 俳優 仲代達矢さん

故・宮崎恭子氏や役所広司氏など設立期のメンバーと箱根の稽古場にて(一九七九年)。

俳優教育は人間教育
 四十歳の頃から妻(故・宮崎恭子氏)と二人で無名塾という私塾を作り、若い人たちを集めて俳優教育をやってきました。今年はおかげさまで創立から三十年を迎えることができました。
 どんな商売でも修業時代というのがあります。お寿司屋さんでも握らせてもらえるまでは五年、厳しいところでは十年かかるそうです。僕らも俳優になって三年間修業をしました。そういう意味では僕らの仕事も職人みたいなものです。僕が無名塾を始めたのも、一つにはやはり何事も基礎というのが大事だという考えがありました。
 俳優教育も結局は人間教育です。俳優はいろいろな役をやりますが、芸というものは最終的にはその俳優の人間性みたいなものがつい出てしまいます。ですから、技術的なことも大事ですが、まず何よりも人として必要なことを身につける必要があります。
 そもそも、俳優というのは一人ではできない商売です。しかも需要と供給の間にいます。いろいろな俳優がいる中で、特に若い俳優の芸というのはどんぐりの背比べです。そこでどうしても、感じがいいとか、礼儀正しいという俳優が目についてしまいます。ですから、礼儀正しいということはとても大事です。それはプライベートでも同じです。たとえばレストランや喫茶店に入った時に、自分はお金を出しているのだからといって偉そうにするなど、もってのほかです。どなたでも舞台や映画を見に来てくださるお客さんなのですから、常に礼儀正しく接するように指導しています。
 先輩後輩という長幼の序も大事です。この世界では先輩を追い越すということがあります。その時は「お先に失礼します」と言って礼儀正しく追い抜かなくてはなりません(笑)。ちなみに僕は俳優座養成所の四期生ですが、三期生の方には未だに頭が上がりません。二期違った小沢昭一さんにいたっては、神様みたいなものです。
 そういう古めかしいことを教えると同時に、若い人が持っている感性や長所などを伸ばすことにも気を配っています。その人の長所が欠点を覆い隠し、その上で人格みたいなものが形成されれば一番理想的ですね。もっとも、たいていの場合はどちらかに偏る傾向にあります。非常に生意気だと思う若者が、役者としては優れていることもしばしばです(笑)。



故・宮崎恭子氏(筆名・隆巴)劇作の「いのちぼうにふろう物語」(二〇〇五年)より
プロは死ぬまでプロ
 俳優で食えているのはほんの一部です。食えない俳優はいっぱいいます。テレビに出ているのは氷山の一角でしょう。では、テレビでの人気が果たしてずっと続くかというと、そうはいきません。俳優というのは、そうした流行廃りみたいなものに身を捧げているところがあります。
 無名塾の塾生たちには、どういう俳優として生きていくかという自覚を常に持ってほしいと思っています。売れるか売れないかで揺れ続けているようでは俳優もつまらないのではないでしょうか。
 そもそも俳優には月給も退職金もありません。その代わり定年もありません。僕などは、この歳になってもお化粧をしたり、ちょんまげをつけたり、子どものチャンバラごっこみたいなことをしたりしているわけです。
 そういう意味ではフリーな商売です。泡沫のように消えていく俳優もたくさんいます。その中でプロというのは死ぬまでプロだという意識を持つべきです。
 きちんとした日本語をしゃべる、舞台で客席にはっきりと届く発声をする、姿勢正しく歩く、時代劇では時代劇の歩き方をする、などと役者の基礎はさまざまです。とりわけ、本を読むことはとても重要です。役者は戯曲や原作をどう理解し、自分の体を通してどう見せるかという商売です。ちょっと才能があれば誰でもなれるというわけではありません。何よりも努力が求められます。
 努力をするのも才能です。天才といわれるイチロー選手は人の十倍も努力をしているそうです。努力こそが天才を生むのではないでしょうか。


(写真提供・無名塾/構成・桑田博之)
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