第58回 パティシエ 近藤冬子さん

出来上がったばかりのパウンドケーキ。なんともいえない甘い香りが部屋中に広がる。
シェフ・パティシエ,独立開業
 日本のルノートルで二年勤めたのですが,次第に「大量生産システムはもう充分に経験したのでは」と思うようになりました。毎日カスタードクリームを十リットルぐらい作っていて,「こんなに作らなくてもいいんじゃないかな」と価値観が変わってきたのです(笑)。
 ルノートルを辞めた後は,代官山の「レストラン・パッション」でシェフ・パティシエとして八年間勤務しました。最初は私一人でお菓子を作っていました。当時はキッチンにテーブルが一つだけあって,魚や肉を料理している横でお菓子を作っていたのです。私はヨーロッパで身に付けてきたものをできるだけ再現して,自分のやりたいようにやらせてもらいました。そのうちに徐々に自分の領域を広げてしまって,スタッフも増えて,とうとうお菓子部門ができてしまったのです。
 一九九五年に,渋谷に洋菓子教室と注文菓子店「ラ・シュエット」を開業しました。洋菓子教室を開くようになったのは,食べる人と直接触れ合いながらお菓子を作ってみたいと思ったからです。生徒は女性の方が多いです。プロやセミプロ,主婦の方などいろいろな方がいらっしゃるので,私自身,とても楽しんでやっています。
 教えるだけではなく,逆に人から学ぶことも多いですね。作るという行為にはそういう楽しみもあります。話しているうちにお菓子のイメージがだんだんおいしそうになってくることもしばしばです。たとえば,雑誌の連載の打ち合わせで,私が「こういうお菓子を作っていきましょう」と提案をすると,スタッフの方から「こういうのはどうですか」とか「こういうのが食べたい」という意見が出ます。そういった一言で,実はお菓子のイメージが膨らんでいくのです。
 もっとも,私の姉妹からは「アップルパイのような普通のお菓子を作って」と言われることが多いです(笑)。たしかに定番のお菓子も大事です。ですから,伝統的なお菓子と創作的なお菓子を作る兼ね合いが難しいですね。


どんな味を目指したいのか
 これまでにいろいろなお菓子を作ってきたし,これからもさらにオリジナルなものをアピールしていきたいです。お菓子作りには三つの段階があるといえるでしょう。まずは基礎を覚えることから始まります。次に修業先で覚えたお菓子や,昔からの伝統菓子のレシピを再現していきます。そうするうちに,今度は自分のオリジナルとは何かを次第に考えるようになります。今の私はそういう段階に来ているのではないでしょうか。もっとも他の人よりも十年遅いかもしれませんが(笑)。やはり私の味を大切にしてくれる方々の期待に応えられるように,努力を続けていきたいと思っています。
 今は国内の製菓学校のレベルも非常に高いです。また,海外で修業して帰国した腕のいいパティシエもたくさんいます。ですから,将来は日本でパティシエをやる予定の人は,日本で基礎をきちんと習うことが出来ます。そして「自分がどんな味を目指したいのか」というように,まずは味から入るべきです。それには人から「あそこがいいよ」と勧められて行くよりも,まずは自分の味覚を信じて「これがおいしい」と思った店を探すことが大事でしょう。
 人に左右されず,自分で何かを見出して次のステップに移る。私はそういう生き方をしてきたし,その生き方にとても満足しています。


(写真・構成/桑田博之)
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