第49回 女流棋士 高橋 和さん

「中学,高校時代は,プライベートな時間が全くなかったかというとそんなことはないんです。恋愛もしましたし,学校生活も楽しんでいました(笑)」
女流棋士の世界
 女流棋士の対局料は,実は高額ではありません。競技会にも不況の波が押し寄せており,スポンサーになっていただく企業が少なくなっているということもあります。男性の棋士は別ですが,女流棋士で対局料だけで生活できるのはトップの三人ぐらいではないでしょうか。女流名人位戦のA級クラスは私も含めて十人いるのですが,そのA級クラスでも対局料だけではほとんど生活できないです。ですから,対局料以外に将棋を教えて授業料をいただくとか,将棋祭などのイベント料とか,テレビなどの解説の聞き手とか,そういった形で収入を得て生活しています。
 対局数は月に二,三局ぐらいです。最近はトーナメント戦が多くなったので,勝たないとすぐに終わってしまいます。
 対局のない日は,棋譜を並べて自分で研究したり,詰め将棋をしたりしています。今ではインターネットで将棋を指すこともできるので,そういうもので感覚を養うこともあります。棋譜の管理については,ここ数年の間にパソコンで行なうのが主流になりました。それまでは,将棋連盟にある厚いファイルの中から見たい棋譜を自分で探してコピーしていたのですが,今では毎日,新しいものがデータで送られてくるのでとても便利になりました。
 対局前には,当然,対戦相手の研究を行ないます。やはり相手の棋譜を見ると,最近は調子がいいのか悪いのか,どういう戦法を最近は好んでいるのかがつかめるのです。
 対局は朝十時に始まって,だいたい三時から四時に終わります。一時間ほどのお昼休みも含めて,一回の対局は四,五時間ぐらいかかります。
 負け方は様々ですが,本当に自分の調子がよくて,対局中に「勝った」と心の中で思っている時に限って,だいたいミスをします。そうやって悪い手を指して負けてしまうと,しばらくは四六時中,その局面が目の前に浮かんで頭から離れません。電車に乗っていても,布団の中でも後悔の連続です(笑)。
 対局時間は長いですから,どうしても集中している時と,そうでない時というのがあります。自分が優勢だと思っていると「対局が終わったら,どこへ行こうかな」などとよけいなことを考えてしまって,たいていミスをするものです。ですから,ちょっと形勢が悪いぐらいのほうが集中していて,一番いい将棋を指せるようです。
 今までで勝って一番うれしかったのは,プロになって初めての対局でした。その一局で「2二角」という手を打ったのですが,それが結果的にいい手だったのです。それを打てた時に,自分の中で「ああ,プロになれたのかな」と思ったほどの一手でした。今でもその時のことは記憶に残っています。
 プロとして一番気を配っていることは,勝負に関して常に敏感に「どうやったら勝つことに近づけるか」を考え続けることです。それは技術的な面でもあり,精神的な面でもあります。人間はだれでも「ブレる」ということがどうしてもありますから,そのブレをどうやったら少なくできるかとか,こういう気持ちの時に自分はどう対処したらいいのかということを常に考えるように心がけています。


子供たちから教わること
 今,日本将棋連盟の『子供将棋スクール』の講師をしています。子供たちと接していると,私が教えるというよりも,子供たちから教わったり,思い出させてもらったりすることのほうが多いです。
 プロは勝ち負けが生活に直結しているので,どうしてもそちらに目がいってしまいます。でも,なぜ自分が将棋を続けてこられたかというと,将棋を覚え始めた頃に,やはり純粋に楽しかったとかうれしかったという気持ちがあったからです。たとえば,子供たちが私と将棋を指していて,勝つと目許からうれしそうに笑うのです。何とも言えないその笑顔を見て「ああ,これが本当の原点だった。勝ち負けだけにこだわっている自分というのはどうなのだろう」と思うこともあります。もちろん,勝ち負けにこだわらなければいけないのですが,その一方で原点を忘れてはいけないのではないかという気持ちもあります。単に「勝つんだ,勝つんだ」という気持ちだけではなくて,それが楽しいから結果として勝つ,というのが本来の姿ではないかという気がします。
 できれば今後はいろいろな小学校に行って,将棋を全く知らない子供たちに教えたいと考えています。今は総合的な学習の時間というのがあり,一度だけ知り合いの先生から二時間ほどいただいて将棋の授業をやったことがあります。駒の動かし方から始めたのですが,初めのうちは子供たちが全然わからないと言っていたのに,実際に駒を使って王様が詰んだとか詰まないとやっていると,勝った子も負けて悔しい子も「もう一回やろう」と言って,給食の時間になってもやめないほど熱中していました。それを見て,今まで将棋を知らなかった子供たちの中から,ひとりでもふたりでも将棋に興味を持ってくれる子が出てきてくれたらいいなと思うようになったのです。
 もちろん自分の対局については,プロなので公式戦はタイトルをめざしてがんばるというのが大前提としてありますね。

(写真・構成/桑田博之)
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