第32回 画家 白木ゆりさん

「炎の人」を初めて観たのは三歳のとき。錯乱していくゴッホの姿が衝撃的だったので,子ども心にも覚えているんです
抽象画は第三の聖書
 これから制作しようと思っている作品ですが,「香り」などもテーマにしてみたいと考えていますし,シックスセンス,いわゆる五感以外の感覚にも取り組んでいきたいと思っています。
 夫から聞いた話では,欧米では「抽象画」は旧約聖書,新約聖書につづいて第三の聖書だと言われているそうです。なぜなら神から啓示を受けた人が,それをそのまま描いて「皆さんに見せましょう」というところからスタートしたんですね。私たちも本当にたいせつなことを考えたり,何かを祈ったりするときには目を閉じますよね。その目を閉じたときに浮かび上がってくる感覚を作品に凝縮したいと思っています。私には特定の信仰はありませんが,人の魂に訴えかける作品を生み出すためには,そういったことが大事なことだと思うのです。どうせなら言霊など,東洋的なものを追究してみたいですね。
 また最近,いったん筆を置いた油絵にも挑戦してみようかという気持ちも湧いてきました。一昨年,亡き祖父の書いた「炎の人-ゴッホ小伝」が劇団民藝で大滝秀治さんの主演で上演されましたが,この芝居で毎回ゴッホに破られることになるひまわりの油絵を全部で三十六枚描いたんです。絵の制作に入る前に大滝さんを含めた劇団の人たちと打ち合わせしましたが,ベテラン俳優の大滝さんが「この役がぼくにできるか不安で不安で仕方がない」とおっしゃるんです。この役は大滝さんの先輩である滝沢修さんの十八番として有名な役でしたから,大変なプレッシャーがあったんだと思います。それからも大滝さんとは何度かお会いましたが,それは丁寧に台本を読み込んでは真剣に役作りをしている。あの年齢になっても新しい役に挑戦しつづける姿には感動を覚えました。自分の得意分野にだけ専念し,小さくまとまってしまってはいけないと反省もさせられましたね。

音楽を聴くように絵を鑑賞してほしい
 画家を目指したいという子どもたちにアドバイスをするとすれば,できるだけたくさんの絵を画集でも美術館でもいいから観てほしいですね。どんな有名な画家もそうですが,最初は模倣から始まります。ある画家に好きで憧れて,同じよう絵が自分にも描けないかと考える。それが第一歩なんです。それが終了した後は,自分の心の底から湧き上がってくる本当に描きたいものを描くことです。「こんな絵を描いたらまわりから変人だと思われそう」なんてことは考えてはだめです。それと人のまねも絶対にだめ。作家として発表を始めたら,影響や触発は受けてもまねはいけません。あたりまえのことですが。
 私の作品が認められるようになったのもここ数年のこと。それまではコンクールに何度出しても落ちてばかりいました。アルバイトに追われて制作時間がなかなか取れないこともありましたが,それでも不思議とあせりも不安も感じなかった。もっとも私なんて「描くな!」といわれても描かずにはいられませんからね(笑)。画家になる人というのは,みんなそんな人たちだと思います。昨年,東京国立近代美術館から作品を買い上げたいという話がきたときは,もう天にも昇る気持ちでした。あきらめないで頑張りつづければ,誰かが観ていてくれるものなのですね。
 学校の先生方に望むことは,絵を描く楽しみを子どもたちに教えてあげることも重要ですが,同時に絵を観る楽しみも教えてほしいと思います。絵画鑑賞というものは,個人的で孤独な楽しみと思われがちですが,絵画鑑賞の楽しみはそれだけではありません。ひとつの絵を前に大勢の人間が,各自の想像力を働かせてディスカッションすることも楽しいことです。同じ絵でも観る人によって受ける印象がまったくちがうということを知るだけでも価値があります。このことは子どもたちひとりひとりが,それぞれすばらしい個性を持っていることを理解することにつながると思います。積極的に美術館や街のギャラリーに,子どもたちと共に出かけてほしいですね。
(構成・写真/寺内英一)
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