第28回 建築史家・建築家 藤森照信さん

建築の作業というものは,昔は村人総出での作業で,いわばお祭りみたいなものだったんです
建築史の本は建築家以外は読まないはずが
 東大の大学院では,近代の建築史や生産技術史,明治の都市計画などを研究することにしました。これだったら文化的ですからね(笑)。特に明治から昭和戦前までのおよそ八十年間に建てられた,石造りの官庁やオフィスビル,震災復興期の西洋建築などを中心に調べ始めました。この時代の建築史はほとんど未開拓の分野だったんです。この分野を選んだ理由なんですが,日本ほど多様な建築デザインやスタイルが入り混じっている国は他にはないんです。明治になり,英・独・仏・米・伊各国の文化が流入し,結果,ギリシャ・ローマ・ゴシック・ルネッサンス・バロック様式と,この時期の日本の西洋建築は,世界の歴史的様式のまるで見本市みたいなものなんです(笑)。
 他にも,西洋建築にある種の憧れがあったんだと思います。高校に行く途中の道すがら,教会のような建物と,お医者さんの家でしたけれど,二軒の西洋館があって,その横を通るたびに異物感というか,心が騒いだんですね。江戸川乱歩の小説でもそうですが,怪人二十面相が潜む館はトンガリ屋根の古びた洋館ですからね(笑)。それで地図を片手に,都内に現存する西洋建築をしらみつぶしに調べ始めた。体力勝負ですが,宝探しのようで本当に面白かった。もちろんこれらはすべてアカデミックな調査で,一般の人たちに発表するようなものではなかったんです。
 ところがこれら一連の研究が終了した頃に,編集者から「学術書ではない,一般の人向けの建築史の本を書いてみないか」と勧められたんです。正直言うと最初はまったく気乗りがしなかった。「建築史の本なんか建築家以外は読まない。一般の日本人が興味を持つわけがない」と確信を持っていましたからね(笑)。実際,当時そんな本は一冊も本屋には並んでいなかったんです。それでも編集者の熱意に負けて,昭和六十一年「建築探偵の冒険 東京篇」という本を出したところ,マスコミで話題になったということもあって,結構多くの人たちが読んでくれたんですね。これには驚いた。ヨーロッパでガイドブックを買ってみるとわかりますが,あちらでは建築は美術品と同じあつかいなんです。この建物は誰がいつつくって,どういう様式で,こんなところが特徴だと必ず書いてある。「日本もだんだんヨーロッパのようになってきたのかなあ」とうれしかったですね。
 以来,編集者や他領域の専門家にそそのかされては,だんだん外の分野にまで足を踏み入れるようになったんです(笑)。この年,赤瀬川原平さんや南伸坊さんたちと,「路上観察学会」なるものも発足させました。張り紙やマンホールのふたと,各自,興味対象はバラバラなんですけどね(笑)。


二十年ぶりの建築設計
 平成二年,四十五歳の時ですが,一大転機が訪れました。突然,田舎の史料館の設計を頼まれたんです。ぼくが東京で建築の先生をやっていることをもちろん知った上での依頼なんですが,建築といっても,こちらがやっているのは設計ではなく歴史ですからね(笑)。最初は知り合いの建築家でも紹介すればいいかとも思っていたんですが,その史料館の建設予定地が,ぼくの実家と目と鼻の先なんです。帰省するたびに他人の設計した建物を眺めるのもうっとうしい(笑)。また,この史料館の性格からいって,この土地の信仰や伝承を充分に知らない人ではむずかしい。それで二十年ぶりに設計してみようという気になったんですが,最初は試行錯誤の連続でした。現代建築ではしっくりこないし,人まねもしたくない。かといって信州の伝統的な民家のデザインを取り入れると,何か民芸風の蕎麦屋みたいでいやなんですね(笑)。「藤森も実際やらせりゃこの程度か,言葉ほどにもない」なんて同世代の建築家から罵倒されたらどうしようかと内心びくびくしていた。ふだん,他人の小説をぼろくそに批評していた文芸評論家が,初めて小説を書くようなものですからね(笑)。行き詰まった果てに,本当に自分がやりたいことをやってやろうと考えた。開き直ったのが良かったのか,ひとつのイメージが頭の中に浮かびました。「凍った卵形の土のかたまりがあって,それが春になって溶け出し,それに屋根をかけてひさしを差し出し,人々がその下で作業をしている」といったものです。かつて夏休みに女房や子どもと一家総がかりでつくった自家用縄文住居づくりの影響なのか,少年時代の隠れ小屋つくりの記憶なのかはわからないけれど,考え出したというよりは,思い出したような気持ちでしたね。史料館という性質上,耐震耐火のために鉄筋コンクリートを使わざるを得ないけれど,目に見えるすべての部分は石,土,板,丸太などの自然素材で覆い尽くしてやろうとも考えた。現代建築に付いてまわるピカピカ感やツルツル感にはどうしてもなじめなかったんです。こう決意すると,形を決めたときとはまた違った高揚感がフツフツと沸いてくるわけです。しかし,この仕上げ材の調達には恐ろしく時間と手間がかかりましたね。板一枚とっても,のこぎりを使わずに丸太を叩き割って作ろうというんですからあたりまえですが(笑)。

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