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友清哲

『主よ、永遠の休息を』刊行によせて 誉田哲也インタビュー 警察とは手法もアイテムも違う新聞記者ならではの事件譚

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取材・文/ 友清哲 撮影/ 永田雅裕
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誉田 哲也(ほんだ てつや) 1969年東京都生まれ。学習院大学卒業。2002年『ダークサイド・エンジェル紅鈴 妖の華』で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞。2003年に『アクセス』で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。『ストロベリーナイト』にはじまる姫川玲子シリーズ、『疾風ガール』『ジウ(全3巻)』『国境事変』『武士道シックスティーン』にはじまる武士道シリーズ、『ヒトリシズカ』『ハング』など著書多数。

主人公は通信社の記者 誉田流犯罪小説の新境地!

――今回の主人公は新聞記者。『主よ、永遠の休息を』では、また新しい誉田ワールドを見せていただきました。

誉田: 新聞記者という職業には以前から興味があって、一度きちんと調べてみたいと思っていました。そこに、もともと持っていた事件のアイデアをドッキングさせて生まれたのが今回の作品です。

――記者といっても、新聞社ではなく通信社の記者である点もまた新鮮でした。

誉田: 新聞社勤務の記者の場合、扱うのは主に担当エリアごとのニュースになると思うのですが、それよりも特定の地域によらず、事件の大きさに合わせて自由に動ける立場のほうが今回のストーリーには合っていたんですよね。それに現場の方のお話を聞いてみても、毎回自分の受け持つ地域から全国区のニュースがあがってくるとは限らないという声も耳にしましたし。

――この作品の執筆に合わせて、やはり入念な取材を?

誉田: そうですね、新聞社の方も通信社の方も、あるいはOBの方も含め、多くの方にお話を伺いました。重要なのは、新聞記者の動き方について僕自身が“理解した気になる”ことなんです。これは警察でも剣道でも同じなんですが、どれだけ詳しく取材をしても、僕が警察官や剣道家になることは不可能なわけです。だから情報を得る過程のどこかで、彼らのことがある程度「わかった」感覚にならなければ、キャラクターは動いていかないんですよ。

――それが物語を膨らませていく上での必須条件である、と。

誉田: はい。ひとつのジャンルや背景を理解すれば、自然と物語が動き出していく感覚がありますね。もちろん、わかった気になって描き始めたものの、「あれ、こういう時、記者ってどうするんだろう!?」と疑問にぶつかることも多々あります。そこで追加取材をしてみると、わかったつもりになっていたのにイメージと異なる情報が得られたりして……。そういうことも含めて、記者を描くのは面白かったですね。

――いろいろ試行錯誤のあった作品のようですね。

誉田: でも、それはどの作品も同じです。さすがに警察小説は書き慣れてきましたけど、それでも取材をしていると、まだまだ知らなかった警察官の姿が見えてきたりもしますから。

――なるほど。しかしそうなると、綿密な取材によって実態を細部まで知ることで、ドラマに制約が生まれるケースもありそうですね?

誉田: こちらとしてはリアリティが欲しいので、それはむしろ助かるんですよ。その意味で新聞記者というのは、まだ決まった様式に沿って動いている職業だと思います。分野によっては取材をしていても、「何でもありだよ」というスタンスの方が多かったりして、結局は想像で描かなければならず大変なこともありますから(笑)。

何かが起こりそうな池袋の猥雑な雰囲気

――今回のモチーフは、女児誘拐殺人事件ですが、こうした犯罪や事件を描く上で、警察と記者ではやはり視点に大きな違いがありそうですね。

誉田: たとえば警官と新聞記者では、動く“動機”がまず異なります。記者は指紋を採取するわけでも物証を探すわけでもないですが、事件性がなくても、とりあえず怪しければ調査を行なうでしょう。通信社の場合、そうして書いた記事を新聞各社から欲してもらえるかどうかというのがひとつの勝負になります。犯罪性以前に話題性を重視するというのは、警察にはあり得ないスタンスですよね。警察は事件を立件し、それを起訴できるかどうかが重要なわけで。

――警察小説と比較した場合、事件を追う視点が捜査官ではなく記者であることで生まれる効果というのもありますか?

誉田: 今回、主人公が記者職だったことで都合が良かったのは、“見込み”で動ける立場であることです。事件のメインの舞台は地方ですが、物語の序盤に東京で起こる発端は、言ってみれば些細なことです。刑事であればこの程度のきっかけで、わざわざ地方まで捜査に出向くことは難しかったでしょう。「面白いネタになるかも…」という嗅覚だけで動けるのは、記者ならではのアクションですよね。

――アクションの違いで言えば、記者は逮捕権や武器を持っていないことも大きいですね。

誉田: そうですね。警官と新聞記者では、基本的に使えるアイテムが違いますし、記者にはほとんど解決能力がありません。そうした制約は、むしろ物語を面白くする要素だと思います。

――最初の舞台は東京・池袋。この土地を選ばれたのは?

誉田: 僕にとって馴染み深い街で、デビュー以降、ここを舞台に描くことが非常に多かったためしばらく封印していたんですけどね(笑)。今回は記者クラブがある方面本部という面が大きかったです。それから、賑わっているエリアとそうでないエリアが隣り合っている街を舞台にしたかったというのもあります。

――確かに池袋が持つ猥雑なムードは、事件の始まりとしてうってつけですね。

誉田: 中学生時代、まだ区画整理される前の北口エリアの裏路地で、初めてレンタルビデオを借りたんです。その路地というのが、なんだか風通しの悪いいつでも湿っているような雰囲気で……、そこで借りた『ギニーピッグ』(※ホラー映画)のイメージと一帯の雰囲気が、僕の中ではぴったりマッチしているんですよね。

――誉田作品では、特定の地域が舞台として明示されるケースが多いですね。

誉田: フィクションですからどこかで現実世界と切り離さなければなりませんが、かといって完全に切り離してしまうとファンタジーになってしまう。僕の場合、切り離すのは年号なんです。「何月何日」とは書きますが、その日の天候が作品の中と違ってしまう可能性もあるので、年号は飛ばすんです。書くとしたら「今から○年前」などの書き方をするケースが多いと思います。それに新刊が三年後に文庫化されて、読者が手に取った時、三年前の日付で事件が進んでいるとなんだか古びていて損した気持ちになるんじゃないかと……。

――おお、そこまで配慮しながら執筆されているんですね!

誉田: 一応僕の中では、明確に「西暦何年のいつ」という設定は常にあります。たとえば姫川玲子シリーズのように何年にも跨っている物語でも、裏設定では実際の暦に合わせた曜日設定をしているんです。玲子だけでなく、他のキャラクターの過去を掘り下げるエピソードだってありますが、一応すべて日付の整合性は取れているはず。

――うーん、読者の側からは見えない、隠れた苦労ですね……。

誉田: 物語の中での現実を、できるだけ尊重したいんです。だから実際に資料として年表も作ります。シリーズ作品の場合は、ちゃんと前の作品の時系列を引き継ぐようにしていますし。こういう作業をマメにしておくと、やはり物語にぶれがなくなるんですよ。

「最高の一作」を書こうとは思っていない!

――あらためまして、今回の事件は女児誘拐殺人事件です。こうした事件をあたためていたのは、何か特別に思うところが?

誉田: 現実の世界でも、こうした残酷で陰惨な事件というのは多々発生しています。なかには大きく報道され、劇場型犯罪などと呼ばれるものも少なくありません。そこで常々感じるのは、裁判とは犯罪者を「理解」しようとする行為だということです。一方で、理解する必要があるのかという疑問も僕の中にあって、物証だけ積み上げていって罪を確定すればいいのではないかと。でも弁護側は情状酌量の余地を勝ち取ろうとするので、いろんな事情を精査することになる。そこに同情の余地などないことを諭すためには、やはり犯罪と犯罪者を理解しなければならないのでしょうし……。悲惨な事件であればあるほど、やはり考えさせられますよね。

――他の誉田作品でも、幼児虐待などがしばしば取り上げられています。

誉田: 大人になって突然起こす犯罪というのは、もっと損得やお金に絡んだものが多いと思うんですが、そういうのってあまり書く意味があると思えないんですよね。もっとアイデンティティの根幹から出てくるような犯罪を描きたいし、そうするとどうしても幼少期に原因を求めることが多くなるんです。

――日々のニュースなど、現実に起きた事件がヒントになることも多いと思います。作品に採り入れられるものとそうでないものの境界はどこにあるのでしょう?

誉田: 僕自身がその事件に対して怒りを覚えると、それを描いてみたくなる傾向はあるかもしれません。たとえそれが経済事件であっても、被害者の立場だったら殺意を抱くかもしれないな……とか、イメージが膨らみやすいですから。

――姫川シリーズやジウシリーズをはじめ、複数の人気シリーズを発表されてきた誉田さんですが、今回の主人公もまた、シリーズ化を期待させられます。

誉田: いつも、最初からシリーズ化しようと思って書いているわけではないんですよ。出版社サイドのテンションがアガると、シリーズ化ということになりやすい(笑)。

――その意味では、やっぱり今回も期待してしまいますが、すでにある設定を活用できるシリーズ作品には書き手としてメリットも多いのでは?

誉田: 僕の場合は逆に、ゼロから新たに設定を始めるほうが物語も作りやすいです。もちろん、過去に一度描いた経験のあるキャラクターに愛着があるのも事実ですが。

――今回の主人公、通信社記者である鶴田吉郎は、誉田さんにとってどのようなキャラクターですか?

誉田: 記者職というのは、(ニュースを)抜いた、抜かれたという厳しい状況で各社が鎬を削っているのだと思いますが、そんな中にあっても「そこまで頑張らなくてもいいんじゃない?」と軽いスタンスでいるほうが、現代の若者らしくていいかな、と。あまりガムシャラではないのだけど、何か拾い物をしてしまう彼の雰囲気はわりと好きですね。

――飄々とした青年ですが、事件を深掘りしていくうちに、どんどん熱が入ってきます。ここに共感する読者も多いかもしれません。

誉田: 彼のように一個人として事件に関わりを持ってしまうと、最終的にそれを記事にすべきか否かという葛藤が生じます。今回の場合は本人も意識しないうちに被害者に惹かれていたでしょうし、なおさら職務と感情の線引きは難しくなりますよね。このあたりの複雑な心境も、記者視点ならではのドラマでしょう。

――そうしたドラマもまた、読み手が物語に引き込まれていく要因と言えそうです。リーダビリティの高さは誉田作品の特徴でもありますが、その秘訣はどこにあるのでしょうか?

誉田: 僕が心掛けているのは巧妙な表現ではなく、読まれた時にできるかぎりストレスなくイメージしてもらうことです。だからあまり比喩は使いません。たとえばスプーン一本を描くのに、様々な比喩を用いてその質感や形状を描こうとすることは、ゆとりのある人物の視点であれば有効なのでしょうが、多忙な日々を送る現代人の視点を意識するとなかなか使えないんですよね。まして、捜査中の刑事や記者であればなおさらです。

――なるほど、極めて現実的なスピード感を意識してらっしゃるわけですね。

誉田: 物語がそのキャラクターの五感に従って進行しているのであれば、たとえば多忙な立場の人の視点の場合、夕陽を見た時に「綺麗だね」と思うよりも、「もうこんな時間か!」という焦りのほうが先に立つはずですから。だから僕は、キャラクターがその時、見たり感じたり考えたりしたことしか描かないと決めているんです。そのキャラクターが腰を落ち着けてゆったりくつろぐシーンであれば、そうした比喩を交えた描写も駆使しますが。

――小気味の良いテンポには、やはり理由があるものですね。

誉田: 原稿を読み返していてちょっとでも気になると、ひとつの文章を区切ってふたつにしたりもよくやります。やはり文章は短いほうがわかりやすいですから。自動車のナンバーだって、二桁ずつ分割されているのはパッと見た時にわかりやすいから、という理由があるらしいですよ。

――聞けば聞くほど、小説作法とは様々な計算がなされた緻密な作業ですね。

誉田: 語弊があるかもしれませんが、僕は「最高の一作」を書きたいとは思っていないんですよ。もちろん毎回ベストを尽くしているのですが、たとえコンディションが悪くてもちゃんとアベレージを超えられる書き手でいたい。そのための方法論が必要なんです。実際、どんな小説でも賛否両論あるでしょうし、僕の中ではすべての読者から花丸をもらうことよりも、こうして書き続けることのほうが優先的な目標なんでしょうね。

※本特集は月刊ジェイ・ノベル2010年4月号の掲載記事を転載したものです。