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月刊ジェイ・ノベル編集部

『よろこびの歌』刊行によせて 対談 山本幸久 × 宮下奈都 物語の登場人物たちは、現実の世界に息づいている。

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写真/ 永田雅裕
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山本幸久(やまもと・ゆきひさ) 1966年東京都生まれ。中央大学文学部史学科卒業後、会社勤務等を経て、編集プロダクションへ。2003年「笑う招き猫」(「アカコとヒトミと」を改題)で第16回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。『カイシャデイズ』『ある日、アヒルバス』『シングルベル』『床屋さんへちょっと』など著書多数。
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宮下奈都(みやした・なつ) 1967年福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年「静かな雨」(第98回文學界新人賞佳作)で作家デビュー。著書に、2007年に発表した書き下ろし長編『スコーレNo.4』、短編集『遠くの声に耳を澄ませて』がある。「日をつなぐ」(『コイノカオリ』所収)など、アンソロジーに収録された短編も多数。

連載を単行本にするとき、8~9割は書き直す

宮下: 『男は敵、女はもっと敵』を文庫にされるとき、解説執筆をご指名くださったそうですね。どうして私だったんでしょう。

山本: 集英社の担当編集者から、宮下さんが僕の本をたくさん読んでくれていると、以前から聞いていたんです。でもそれは、きっと社交辞令に違いない、その編集者を試してみるつもりでお願いして、書いていただいたら「あ、本当だったんだ!」(笑)。

宮下: 言ってみるものですね。私、あちこちで「山本さんのファンです」と申し上げていたので。書かせていただけて光栄でした。それにしても山本さん、ものすごい本数の連載を持ってらっしゃいますね。小説誌やPR誌をはじめ、いろんな雑誌に出ておられて。しかもそれがすべて面白い!

山本: 北方謙三さんが「仕事は全部受けなさい」っておっしゃるので、全部引き受けていたらパンクしちゃって。これでもかなり減らしました。
僕、連載を本にするとき、相当書き直すんです。担当編集者に「改稿したい」と言うと「どのくらいですか」と訊かれる。「8割から9割くらい」と答えると、編集者の目がうつろになってしまって……。

宮下: 雑誌で読んでいた作品が本になったとき「アレ? ずいぶんちがう」って驚くことが多いです。『ある日、アヒルバス』のときもびっくりしました。しかも、改稿されてさらに面白くなっているのがすごい。
山本さんには女性が主人公の作品が多いですよね。何か理由はおありなんですか?

山本: 『笑う招き猫』は、デビュー前に仕事で付き合いのあった漫才師を参考にはしたけど、彼らには何も話してなかったし、モデルというつもりではなかった。男性を主人公にすると彼らをモデルにしたと思われそうで、まずいのかなと考えて女の子にしただけで、女性にこだわっているつもりはないです。宮下さんは、あまり男の子を書いておられませんよね。主人公の性別へのこだわりはありますか?

宮下: 私の場合、デビュー作(「静かな雨」)の主人公は男の子だったんです。書いていてすごく楽しかったのですが、「主役じゃない、相手の女の子の方がずっと魅力的だ」と言われ、男の子を書く力がないのかな、と思ってしまって……。山本さんは、ほんとうに女性が魅力的だと思います。ジェイ・ノベルで始まった「芸者でGO!」の主人公は、女子高生ですね。

女子高生を主人公に選んだきっかけ

山本: 僕、これまで女子高生と話したことがないんです。男子校だったし、縁がないまま暮らして来た。実はね、前から芸者を書きたかったんです。渋谷に芸者がいるんですよ。でも置屋がひとつしかなくて、そこの話になってしまうからよくない。舞台を考えようと東京近郊の地図を広げて、箱根なら芸者もいるなと思ったら、箱根登山鉄道の終点に女子校を見つけたんです。この子たち、毎日登山鉄道で高校に通ってるんだ、「ああこの設定面白い、これでいってみるか!」と、締切の五日前くらいに思いついた(笑)。

宮下: 今の女子高生は、ケータイの使い方をはじめ、私たちの頃とずいぶん違いますよね。

山本: 僕の母校は自由な校風が売りの男子校だったのが最近共学になって、女子生徒は化粧バッチリ、「お前たちこれから夜の仕事に行くの?」みたいな格好だから、怖くて僕はバスに乗れないんですけど、少し前に僕の奥さんがバスに乗っていたとき、女子同士ケータイのカメラで撮ったラブホテルの部屋の写真を見せあって、あっけらかんと話していたというのを聞いて、やってることのバカさ加減は、僕らが高校生だった昔と変わんないぞ、と気がついた。
それとは別に去年の春、電車の中で女子高生の先輩後輩同士の会話が聞こえて来たことがあったんです。入学まもない後輩が先輩に初々しく「カレシとはアチラのほうはもうお済みで」なんて訊ねている。なんていうのかな、すごく自然なんですよ。恋愛や性に興味津々で、一歩進めばカレシが出来るチャンスがある、そういう淵にいる普通の子たちがすごく面白く感じられた。この二つをとっかかりにすれば、自分の中に女子高生が生まれそうだ、女子高生を書けるなあ、と思えたんです。
僕は高校のときに彼女がいなかったから、あとは僕みたいなポジションの男子がいればいいな、と。基本的に登場人物は全員、僕なんですよ。

夫婦の会話に小説のヒントが

宮下: 奥様との会話の中から小説のヒントが出てくることは多いんですか?

山本: そもそも、僕に小説を書くように勧めたのは奥さんなんです。作家になる前の僕は漫画雑誌の編集者で、映画の記事も担当していて、試写会のサクラとして出かけた会場でエディトリアルデザイナーの女性を紹介され、名刺交換したのがきっかけで、翌年には結婚していましたね。

宮下: 奥様は、ゲラや原稿を読まれることがありますか?

山本: 時と場合によります。けんかしているときは読まないですね。春頃にけんかしたから『シングルベル』は読んでないし。八月に出た『床屋さんへちょっと』はゲラを読んでくれました。この話はもともと、奥さんが書けって言ったんですよ。「『小説すばる』の連載、取材どうしようかな」って話していたら、「床屋はどう? 近くで済むし」って言われて。

宮下: 連載中から大好きでした。時間をさかのぼっていく構成がすごく面白くて。父と娘の物語ですが、舞台である床屋の佇まいや存在感には唸らされました。取材のために床屋に通われたりしたんですか。

山本: それはないかな。床屋の歴史とかも調べたんですけど、そういうのは僕が書くことではないような気がしました。

宮下: 山本さんはタイトルもすごくお上手ですよね。私は苦手で、毎回すごく苦労します。雑誌では「床屋にて」というシリーズでしたよね。『床屋さんへちょっと』になって、ぐんとよくなったと思います。

山本: 宮下さんのご主人は、ゲラや原稿は読まれるんですか。

宮下: 書いている最中はいっさいないです。「僕が口をはさむことで君の文章が変わるのは嫌だ」なんて、奥ゆかしいんだか、偉そうなんだかわからないことを言って。でも私自身も、完成したものを読んでほしいですね。

山本: うちの奥さんなんて、ひどいですよ。この間も『凸凹デイズ』っていつ文庫になったの、とか言ってる。おいおいその印税のおかげで、家の屋根に太陽電池がついたんだろって、ちっとも気づいてない(笑)。 僕はいつもノートパソコンを持ち歩いて、自宅の近所で唯一のお洒落カフェで、オシャレ~な雰囲気で原稿を書いてるんです。うちは門限が厳しいから、午後6時までに家に帰らなくちゃいけない。なのに5時50分に「牛乳買ってきて」ってメールがきたりしてね、門限はどうすればいいんでしょう……。

宮下: でも、外でお書きになって、家に帰ると、かわいい奥様とお子さんが待っている。憂さ晴らしや息抜きが欲しい、ということはないんじゃないですか?

山本: ストレスは溜まらないですね。締切間近の時なんかはイライラしているらしいけど、自分ではわからないです。
宮下さんはお子さんが三人いらっしゃるんでしょう。いつどこで書いておられるんですか?

宮下: 私はひたすら家で書いています。子供たちが小学校や幼稚園に行って、帰ってくるまでが執筆時間です。普段は娘の幼稚園の送り迎えくらいでしか出かけることはないのですけど、子供たちが常に新しい話題を持って帰ってきてくれるので、毎日が新鮮ですね。

山本: デビューされたのは五年前ですよね。お子さん小さかったと思うんですけど、いつ作家になろうと思われたんですか?

宮下: 大人になってからですね。昔から、文章でだけはよく褒められたので、味をしめて「いつか書こう」って。のんきなもんです。
三人目の子がお腹にいるとき、はっとしました。男の子ふたりの育児ですでに大騒ぎなのに、いま書かなければ一生書けない! それで大きなお腹で書いて「文學界」の新人賞に応募しました。どうして「文學界」かというと、選考委員の辻原登さんの小説が大好きで、辻原さんに読んでいただきたくて出しただけなんですが 。

山本: 応募されるにあたって、文章教室のようなところに通われたり、書き方読本などを買われたことはありますか?

宮下: まったくありません 。

山本: 僕もないですね。ああいうところに行くのは、僕はすごく恥ずかしい。

宮下: 仮に行っても、自己紹介とかぜったいしたくないですね 。

山本: 「自分をさらけだせ!」とか言われたら「ああ、もういいです~」って感じ。

着地点は計算しない

山本: 僕、短編を書くのは基本的にすごく好きなんですよ。宮下さんはいかがですか。

宮下: 人には長編の方がいいと言われるんですけど……どうなんでしょう。四十枚くらいでピシッと書きたいものを書けたときはうれしいですね。
短編といえば、以前「フィールラブ」で発表された放送部の女の子の話、すごくよかったです。

山本: あれは、高校生の話を初めて書いた作品ですね。あのときは、しばらくしたらNHKの朝ドラで「つばさ」が始まって。向こうはラジオ局の話ですけど、「オレの方が先だよ、『マルコビッチの穴』みたいにオレの頭の中をのぞける部屋があるんじゃないの」って思ってしまった。奥さんには「誰もそんなことしてないわよ」って笑われましたけど、僕が書き始めた小説と類似する設定のドラマや漫画が、少ししてから始まることが多いんですよね。

宮下: 山本さんは何を書かれても面白いのですから、ほかに誰が何を書いていても関係ないですよ。山本さんがお書きになることで、独自のものになるのだと思います。

山本: そうなんですかねえ……。宮下さんご自身は、自分の文体とかカラーとか、自分で「これだ」っておわかりになりますか。

宮下: 全然わからないです。山本さんは意識されていますか?

山本: 僕もないですね。どうやらしゃべっているときと一緒ではあるらしいんですけど。航空会社の機内誌のエッセイを依頼されて、その取材でニューヨークに連れて行かれた体験を書いたら、読んでくれた友人や知人から「昔から変わってないな」って。しゃべり口調や “おたついて、うろうろしている感じ”が、変わってないって言われました。性格がそのまま文章に出る、というのかな。

宮下: 山本さんの小説にはすごくいい話が多いと思うんですけど、こんなにいい話を書かれる山本さんは、逆に「いい人」ではないのかな、と思ったりして。例えば『美晴さんランナウェイ』の第一話、何度読んでもグッときます。こうやって、ぴしっと泣かせて、予想した以上に鮮やかに、すごくうまいところに着地するものをお書きになれるというのは、冷静に計算していればこそなのでは、と思うのですが。

山本: 計算はしないですね。「あわあわあわ~、どうするんだろう」っていう感じで、なんとかたどりついてますよ。宮下さんはどうなんですか?

宮下: 私もないです。とにかく書いて書いて、ぱっと結末が見えたところで終わるという感じ。見えたらようやくほっとして、全体の調整をしています。それまでは、ほんとうに見えるのか、とても不安ですね。

山本: 不安な時期は、書いている最中? それともいったん書き終えたあとですか?

宮下: 夜、蒲団に入ってから「明日こそなんとかなるのか?」と不安で目が冴えてしまったり、書いている最中に「どこまで書けばたどりつけるの!」と焦っていたり。書き終えてしまえばぐうぐう寝ています。

自分自身の体験を下敷きにするのではなく

山本: 『よろこびの歌』のゲラを興味深く読ませていただきました。今回のように女子高生のお話を書かれる場合、ご自身の体験を下敷きにされるものなんですか?

宮下: それはあまりないです。高校生の頃の感じ方や考え方は下敷きになっていると思いますけど、そこをしっかり掴んでいれば、個々の事例はなんであってもかまわない気がします。
娘が腕の骨を折って整形外科に連れて行ったら、<中学生の一日の投球制限>というのが貼ってあったんです。それがすごく少ない球数で、(肩や肘のためには、これだけしか投げちゃいけないんだ……でも部活の子はぜったいこれ以上投げてるはず)と驚きました。一週間のトータルでも、何十球ですって。知らずに投げて肩を壊して泣いている女の子の姿が浮かんで、それが中学時代にソフトボール部でエースだった子の話「No.1」の最初のイメージでした。自分自身の体験ではないですね。

山本: 合唱コンクールというのは、何かきっかけがあるんですか。

宮下: 高校時代、隣のクラスに指揮に長けた、でも体育の苦手な男子がいて、運動会で彼が走ったときに、そのクラスの女子が合唱曲で励ましたことがあったそうです。私はその場にいあわせず、あとで聞いたのですが。その話を四半世紀も大事に抱えていたというか、勝手に温めていたというか。

山本: 「ハイロウズ」が、あちこちに出てきますね。お好きなんですか?

宮下: ザ・ハイロウズ、もう、大好きです!

山本: それから「幽霊」が出てくる話(「サンダーロード」)。僕は、極力出さないようにしてるんですが、なぜあのような設定に?

宮下: 家族に感じやすい者がおりまして。公園に遊びに行っても、「あっちはいや、誰かいる」とか言うので、そうか、そういうこともアリなんだなあって。霊が特別な話ではなくなってきたんです。担当編集者と相談して、高校生くらいまでは、霊の存在を信じていたり、影響されたりする子も多いし、大丈夫じゃないか、ということになりました。

山本: 相当勇気がいりますよね。安易になりがちじゃないですか。でも今回は「しゃべらない、なんとなくわかる」という設定がうまかったのかな。ハイロウズにしても、使おうと思えばいくらでも使えてしまう。どのくらいまで使うのか、そのさじ加減は、難しいですよね。

宮下: ハイロウズに関しては、ものすごく好きなので、失礼にならないように、ということだけは気をつけました(笑)。

山本: 曲は、あそこに出てくるものがお好きなんですか?

宮下: 好きです。特に「No.1」や「バームクーヘン」。ただ、今回の七曲は、基本的にはタイトルを借りるという観点から選んだものです。

山本: 第一章の主人公・御木元玲が、最終章にふたたび出てくるという構成は?

宮下: 書かずにすませたい気持ちもあったのですが、やはり書くべきだ、彼女を救ってやるべきだ、と考えて、出すことにしました。この子に対する責任を感じたといいますか。玲をもう一度出すかどうかが、いちばん勇気が要りましたね、幽霊よりも。

登場人物たちと出来るだけ一緒にいたい

山本: 書いている最中に「物語を終わらせたくない」という気持ちはありますか? この子たちと、もうしばらくは一緒にいたい、というような。僕は、登場人物たちと出来るだけ一緒にいたい気持ちになってきちゃうんですよ。

宮下: 山本さんは、別の作品に以前の登場人物が出て来ることも多いですものね。

山本: 本にするときに大幅に改稿するのも、作品と別れがたいからなんでしょうね。読んでもらうにあたっては、僕よりも、登場する彼らが恥ずかしくないような形にしたいなあっていう意識が強い。僕は「彼らはこの世界にいる」という風に思っているんですよ。

宮下: ああそうです、私もそうです。

山本: 『よろこびの歌』を読んで、彼女たちはこの世界にいると感じました。幽霊が見える子も、この子はいるな、と思いました。僕たちの現実と深くつながっていて、なおかつフィクションとしてきちんと成立している、ということを、『よろこびの歌』に限らず、宮下さんの作品を読ませてもらうたびに、いつも強く感じます。
僕にとって宮下さんは「よくできた、いとこのおねえさん」のような存在で、「この人が売れてくれれば、僕もすごくうれしい」という気持ちです。

宮下: ああうれしいです~。

山本: あの子たちは、たしかに成長もしてるんですけど、これからまだまだ、たくさん失敗もしていくんだろうな、ということも実感できる。

宮下: 彼女たちはまだ高二、あと一年高校にいるわけですものね。小説のラストで終わるのではなく、これからも人生は続いていく。

山本: 彼女たちは日だまりの中にいるけれど、日だまりも温かいだけじゃない、という印象で、でもそれがとてもいいと思いました。
ああいう子たちと僕は高校時代に会えなかったけど、出会っていればいくらでも助けてやったのになあ(笑)。

構成/ 月刊ジェイ・ノベル編集部
※本特集は月刊ジェイ・ノベル2009年10月号の掲載記事を転載したものです。