第7回 木村晋介さん

『サリン それぞれの証』(木村晋介 著) 1995年3月20日。その時、なにが起きたのか。自らもオウムの標的となった弁護士・木村晋介が、はからずもオウム真理教が犯した事件にかかわることになった32人へのインタビューをもとに、オウム事件とはなんだったのかを追究・検証する迫真のノンフィクション。 (定価2160円 本の雑誌社刊)

忌まわしき地下鉄サリン事件
 今回『サリン それぞれの証』を上梓しましたが、地下鉄サリン事件が起きてから20年になります。この件に携わるきっかけは、サリン事件の6年前に起きた坂本弁護士一家失踪事件でした。 実は坂本さんにはラジオ出演の仲介をした経緯があるのですが、そのラジオ出演直後にこの事件が起きたのです。私は強く責任を感じましたね。当時はまだ亡くなっているなどと思っていませんでしたから、一家を救出するための運動に関わっていました。ですが我々の願いも空しく、信越の山中で一家3人の遺体が発見されます。
 私はその後どうしたらよいのかとても悩みました。以来20年、サリンの後遺症で苦しんでいる人たちに手を差し伸べることが、坂本さんの敵討ちになると考えたんです。
 私は宗教を否定しませんし、社会を良くするためにいろいろな役に立っていると思っています。自分の持っている理想、理念が現代社会とは全く違うものだという発想があったとしても、それだけなら問題はないのです。問題はその先にあります。オウム真理教は破壊的カルトと呼ばれています。破壊的カルトは、現代社会の常識とは異なる自分たちの文化や考えを周りに押し付け、これに従わないものを暴力、オウムの場合には毒ガス兵器を使って破壊しようとしました。どんなに考えが違ったからといって、これは許されることではありません。
   学校現場では先生にも子どもたちにも、皆が違う考えを持っていることをまず理解してほしいです。たとえ今は同じ考えであったとしても、後々に大きく違ってくることもよくあります。だからこそ文化、文明が違う一人ひとりが、自分と違う考え方や文明にどれだけ寛容になれるか、優しくなれるかが大切だと思います。ただし相手の考え方が、その考え方を暴力で他人に押し付けようというものでない限りです。
 もちろん意見が違う時には大いに争っていいのです。しかしその時に相手の考えを淘汰しよう、という発想ではいけません。自分が正しいと思う物事を信じるのは大切なことですが、他人が正しいと思っていることにも寛容でいられることが、今の社会に必要なことだと思います。イスラム過激派が人を殺してでも自分の考えを通そうとするのも、その基礎にあるものは物欲にまみれた市場経済を暴力や兵器でぶち壊さないと理想の社会は作れないという発想で、ここにはオウムと通じる間違いがあります。若い人にはこの現実から目を逸らすことなく、この間違いはどこにあるのかを考え、学んでほしいと思います。


これからの人生設計
 70歳になり、中身の方は今でも40歳程度だと思っていますが、残された年月には限りがあることをひしひしと感じます。だからこそこれからは楽しく生きたいと思っていますね。まあこれまでも周りからは、勝手気ままに生きてきたと言われがちなのですが(笑)、本人としては厳しく生きてきた、正義のために頑張って戦ってきたという思いはあります。しかし60歳を過ぎた頃から、正義を実現するためにも、まず自分が楽しむことが先だという考え方に至りました。人生を楽しむという事を抜きにして正義はないという事です。
その頃から始めた落語は、指導いただく桂扇生さんと定期的にホールで披露しています。二つ目扱いでプロの前座がつきますので、一丁前ですよね。滑舌こそ悪くなっていますが、だからこそ出る味もありますよね。あと5年は続けたいです。最近は俳句も始めまして、これはあと10年は続けたいですし、趣味の将棋もあと5年はやりたい。もちろんゴルフもそろそろ辞めがたい魅力があるし…いろいろと楽しみは尽きません。
 どんなに偉い人も普通の人も、最後は同じように死ぬわけです。偉くなろう、立派になろうなどと考えるでしょうが、私はどれだけ多くの人を幸せにしたのか、という事を抜きに、偉いとか立派とかいうものはないと考えるようになりました。そして、その幸せというものの核の部分に、「楽しい」という事が座っている、と実感するようになったのです。ですから私も、楽しんで残りの人生を生きていきたいと思っています。
 ただ、そうは言っても私を頼って弁護を依頼いただく方もいるわけで、今でも全国各地の裁判所に行く機会があります。これからも若い人たちに手伝ってもらいながら、できる限りの仕事はやっていきたいと思っています。そして、依頼人の方々の「楽しい」人生の手助けを続けたいと思っています。 (構成・写真/井田貴行)


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