第42回
おもちゃの大工
野出正和さん
2003年3月号掲載


PROFILE
無垢工房主宰。昭和四十一年東京に生まれる。保育士養成の専門学校中退後,公益法人の事務,販売営業,コンサルティングなどの職を経て,平成八年,木で作ったおもちゃの製作販売を始める。平成十二年にはテレビ東京「テレビチャンピオン・木のおもちゃ職人選手権」で準優勝したことも。著書に『アイディア貯金箱』共著に『みんなでつくろう大型クラフト』シリーズがある(ともに大月書店)。

幼児の手形をフレームにしました。成長し手に取ると自分がどれだけ大きくなったのか感じられます
わんぱく少年がやりたかったこと
 子どもが遊ばれちゃうようなおもちゃを親父は与えてくれませんでした。親父のくれるおもちゃは,子どもが自分で形作っていく,遊びを作り出せるおもちゃばかり。小さいころはレゴブロックや積み木,少し大きくなってくるとプラモデルやラジコンを一緒に作ってくれることもありましたね。飲食店の内装デザインを請け負う工務店を経営していたので,親父が図面を引いたり大工仕事をしたりする姿をよく見ていました。
 版画を作るのに彫刻刀を小学校で全員が買わされることがありますよね。うちの親父は「そんなもの買ってくるな」と言うんです。そして親父がくれたのは,木の箱に十五本位の彫刻刀がずらっと入っている職人用みたいな立派なものでした。本当はみんなと同じプラスティックのケースにセットされた彫刻刀がほしかったんです。でも実際版木を彫ってみると切れ味がまったく違う。ぼくの彫刻刀だとスッと彫れるラインも,みんなの彫刻刀だと変に力が入って思うように彫れません。親父は物を作る人間だから,そんなことは百も承知だったのでしょう。
 とにかく図工と体育だけが得意なわんぱく少年でした。物を作ることとは中学校に入るとだんだん縁遠くなりましたが,小学校三年から社会人までずっとクラブチームでサッカーを続けてきました。その頃はJリーグもまだなかったのでサッカー選手を将来の仕事とは思わなかったけれど,ただもっとうまくなりたくて,明けても暮れてもサッカー,でしたね。
 高校進学を考えるとき,行きたい高校があったんです。サッカーの先輩が誘ってくれたサッカーの強い都立高校。学校の先生に相談すると「絶対,無理。お前の入れる都立高校なんてないよ」と断言されました。ショックでしたね。内申が悪いことも今まで勉強をしてこなかったことも自分でわかっていました。でも受験まで半年以上もあるのに「絶対,無理」と言う,これは進路相談じゃないじゃないですか。
 サッカー部の父兄が毎日受験勉強を猛特訓してくれるようになりました。結果,どこの都立高校でも入れるような成績まで上がります。内申が悪いので合格したのはトップの都立高校ではなかったのですが,「絶対,無理」ではなかったんですよね。先生が決め付けるように言うことはよくないと今でも思います。
 高校を卒業するころは,小学校の先生になりたかったんですよ。高校時代は学校もあんまり行かなくて,夜の街で遊んだりバイクを乗り回したりして停学になったりしていたので,教師なんて似合わないと思われていたかもしれません(笑)。いわゆる「不良」がなぜ小学校の先生になりたいと思ったかというと,サッカーのクラブチームで感じていた気持ちからなんです。ぼくの所属していたクラブチームでは,小学生の練習は中学生が教え,中学生の練習は高校生が教え,高校生の練習は社会人が教える,そんなシステムがありました。小学生や年少の子を教えるのがぼくはすごく楽しかったんですね。小学校の先生になって,サッカーや図工を楽しく教えていきたいなぁって思ったんです。
 でも,やっぱり勉強をしてこなかったし,成績も悪かったし,大学には受かりませんでした。浪人するという選択肢もあるのでしょうが,ぼくは絶対遊んでしまうだろうって思って,専門学校に進学することにしたんです。保育士養成の専門学校です。小学生よりもっと小さい子が相手でも楽しいかなって思って(笑)。
 保育士の専門学校は,学生の九割位が女の子でしたね。数少ない男の子もおとなしそうで,茶髪のヤンキー上がりのぼくはどこから見ても場違いでした(笑)。入学式なんかみんな親同伴なんですよ(笑)。一人で来ているのはぼくぐらいだったんじゃないですか。とにかく,見た目から悪いので,先生にも相手にされないんです。でも本気で保育園の先生になろうって思っているから,浮いていてもなんのその,一生懸命に学校に通って勉強してました。
 そんなときです,親父が死んだのは。親父は事業主でしたから,事業や借金の整理などで家は取られ,大黒柱を失い,家族はばあちゃんとお袋と弟。悠長に学校に通ってはいられなくなってしまいました。


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