第1回 落語家
春風亭柳昇さん
1999年10月号掲載


PROFILE
本名・秋本安雄。大正九年十月十八日生まれ。東京都武蔵野市出身。昭和十六年に入隊、二十年復員、二十一年暮れ、戦友の父だった柳橋師匠の門下となり、三十三年真打に昇進。大喜利のレギュラー司会者としてテレビに出演するなど活躍。また林鳴平のペンネームで「ガード下」「課長の犬」「免許証」「結婚式」など百作以上の新作落語を書く。戦争体験を書いた「与太郎戦記」はフランキー堺主演で映画化された。芸術祭奨励賞・優秀賞受賞。勲四等瑞宝章。著書は多数あるが、先頃上梓した「寄席は毎日休みなし」(うなぎ書房)が評判となる。現在、日本演芸家連合会長、落語芸術協会副会長、芸団協副会長、ゆうもあ・くらぶ理事長。

落語はばかばかしくてきらいだったんですよ
おとなしいけどおとなしくない
 噺家という仕事をしていると、「子どもの頃から友だちを笑わせるのが好きだったんでしょうね?」なんていわれますが、そんなことはまったくなかったですね。武蔵野の田舎ですからね。落語のらの字も知らなかった。どちらかといえばおとなしい子どもでした。でも親からは「あんたはおとなしいけどおとなしくない」なんていわれていました。というのは「いうべきときはいう」という信念が子どもの頃からあったんですよ。これはおとなになってからも変わりませんね。私の次女が小学四年のとき、学校にいきたくないなんていい出したことがあった。理由を聞くと、いじめっ子にいじめられているという。どうしようかとも思ったけれど、「女の子だからっていじめられて泣いてんじゃないんだよ。やられたらやっちゃうんだよ」といってやった。そしたら本当にやっちゃった(笑)。いじめっ子がからんできたところを逆にモップでなぐり返した。相手はアタマを三針縫ったらしい。私が家に帰ると、ちょうどあやまりにいったカミさんが病院から戻ってきたところで、「しょうがない娘だよ。おまえさんからも小言をいってくれ」という。「おう、まかせとけ」と、娘を誰もいないところへ連れていって、「えらい。よくやったね。いいんだよ、お父さん責任もつから。そのかわり殺さない程度にやるんだよ」と(笑)。「その後どうだい、あいかわらずいじわるするかい?」と聞くと、「ううん。なんか文句ある?ていうとすぐ逃げちゃうんだよ」とニッコリ。だから子どもでもおとなでもいうべきときにはいわないといけませんね。とはいえ、のべつまくなしに怒ってると「あいつはバカだ」といわれちゃいますが(笑)。

機転がきかなきゃだめ
 うちはかつては大地主だったのですが没落してしまい、私が生まれた頃は貧乏で、新聞配達をしては妹たちを学校に通わせていました。ちなみに私は六人きょうだい中、たったひとりの男です。その後横川電機に就職して、七年間兵隊にいくまで働いていました。会社の中には青年学校もあって勉強も教えてくれました。でも私は数学が弱かったからあのままいても出世はしなかったでしょうね(笑)。それでも軍隊では軍曹までいきました。いまだに戦友がいいますよ、「おまえは要領がよかった」と。私はいよいよ敵が近づいてくるとなると、弾がきてもいいように中隊長の前を立って歩くんです。命がけといえば命がけだけど、まわりのようすを見ておそらく敵はまだいないだろう。これなら出ていってもだいじょうぶだろうとね(笑)。でも、そういう機転のきかないものは、どの社会にいってもだめですよ。

落語はきらいだった
 復員後、陸軍病院で療養していましたが、いつ退院させられるかわからない。勤めていた会社に復職を打診してみたけれど傷痍軍人じゃだめだという。これからなにをして食っていけばいいのかと本当に悩みました。そんなとき、浪曲師の人と同じ病室になったんですね。それで自分も浪曲師になろうと思った。ところが浪曲の節回しがどうしてもうまくできない。さてどうしようかと思っているときに、戦友のお父さんが春風亭柳橋という有名な噺家だったことを思い出したんです。落語はばかばかしくてきらいだったんですっかり忘れていたんですね(笑)。師匠のことは、息子さんからいろいろ話を聞いていましたからね。聞けば月三千円の収入があるという。千円で家が立った時代ですからね。もっともそんな人はひとりかふたりしかいなかった。まあ、師匠は天才でしたから。売れない噺家が戦友のお父さんだったら考えちゃったかもしれないね(笑)。とはいえ落語家として適性があるのかないのか、食えるかどうかもわからない。だいいち弟子にしてもらえるかどうかもわからない。療養しながら一年間悩みましたよ。意を決してお願いに参上したら、すんなり許しが出たので拍子抜けしてしまいましたけどね(笑)。

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